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デジタルDIYえだりん工務店

デザイナーで元フリージャーナリストのアラフォー女子です。
自分ブランディングに最適なツールであるインターネット使って、
販促・広報・文章作成に役立つ情報を発信していきます。

前回の記事「知っている」人になれば必ず信頼される!のか?

信頼感や尊敬という観念は
良く知っている人でも生まれないのは何故?

と投げかけるだけ投げかけて
終了してしまいました。

申し訳ありません。

一つの答えの例を
お伝えしておきますね。



Aさんのような人に
信頼感や尊敬という観念が生まれないワケとは

Aさんに対して、人々が
ステータスが低い
と感じているからです。


人は、動物的な本能で
弱い人(ステータスが低い人)を見抜く
チカラを持っているのです。

ステータスが低い人からは
「有益な情報が得られない」
ということを本能的に感じているので
聞く耳を持てないのです。


ではステータスが低い人とは
どんな人でしょうか?


・やたら謝る人
・やたら声が大きい人
・やたら声が小さい人
・自分の話ばかりする人
・人の話を聞かない人



ステータスが低いと感じさせる人が
取りやすい行動というものがあります。

これは、97%の人が無意識の内に不快と感じる行動です。


前回の記事「知っている」人になれば必ず信頼される!のか?を思い出してみてください。



上司Bさん「Aくん、ちょっと、いいかな?」
Aさん「あっ、はい。」

上司Bさん
「企画書のここ、直ってないよ。
何回か言ったはずなんだけどなあ・・・」
Aさん「あ・・・申し訳ありません。」



97%の人が無意識の内に不快に感じる行動とは


「あっ」


なのです。



立場が上の人って
「あっ、Aくん、ちょっと、いいかな?」
とは言いませんよね?

「あっ」を使うのは
自分が下手に出ている場合が多いです。

それでは
どうすれば「あっ」から抜け出せるのでしょうか?

アイデアがあったら
コメント欄に書いてみてくださいね。
参考にさせていただきます。
初対面の人に対して
ついつい出てしまう拒否反応は
「よく知らない人や物は警戒せよ」
という動物の持つ防衛本能が働いているからですが


逆に言えば
「知ってもらえば信頼感の壁は簡単に壊せる」とも言えるので
親しくなれば、こっちのもの!
何でもあり!

ということだって可能なわけで

慣れとは、非常に怖い・・・。

こういった心理を利用して情報を操る
マスメディアが
最近「マスゴミ」なんて呼び方をされますが
大手の言い分を俯瞰する視点を持つことが出来れば
わざわざマスメディアを敵対視することもないでしょう。


テレビも「たまに」観る習慣を付けると
違和感や気づき、発見があるので
オススメです。

全く観ないというのも、比較の対象が減り
極端に情報を遮断することになるので
避けた方が良いのではないかと思います。


さて
「よく知らない人」から「よく知っている人」になれば、
信頼感や尊敬という観念は必ず生まれるのものなのでしょうか。

答えは

NO




信頼感や尊敬という観念は
当然ながら
誰にでも生まれるわけではありません。


例えば、あなたの上司Aさん。

当然入社以来、よく知っている人物です。

しかし上司Aさんは、
人のミスには、やたらと敏感で、
見つけるなり、わざとよのうに
周りに聞こえる大声で言うのです。


「何度言っても同じ失敗か!お前らしいな~」


Aさんに捕まらないよう
みんなAさんを避けています。


ところがAさんの上司Bさんが
Aさんを呼びました。

上司Bさん「Aくん、ちょっと、いいかな?」

Aさん「あっ、はい。」


上司Bさん
「企画書のここ、直ってないよ。
何回か言ったはずなんだけどなあ・・・」

Aさん「あ・・・申し訳ありません。」

こんな時はAさん、声が小さくなるのです。




こんなAさんが、あなたに向かって

「失敗こそ成功の云々・・・」

なんて語っても、右から左ですよね。


いくら良く知っている人でも
Aさんのような人には
信頼感や尊敬という観念は生まれないのです。

それは一体、何故なのでしょうか?

あけましておめでとうございます。
(遅っ)


さて世界には、
自分と似ている人が3人いるとか、いないとか。

あなたは会ったことありますか?

これまで私は実感したことがなかったのですけど
発見してしまいました。


母でした。


似ている人というのは、
限りなく自分に近い存在です。

自分を見ているようなもの。

だから共感力も大きく
時にはイラッともする。

人は「自分」が一番好きだから
知らず知らずに、似ているその人に
嫌われないようにする。
好かれようとする。

でも、これでは
自分が自分の周りをグルグル回っているようなもので
スタイルは壊せません。

ブレークスルー、突破できない。

「多数派が正義とは限らない」ということを信じ
これまでの自分というものを破壊できる人、
使い古された機能しないシステムを捨てることができる人こそ
新しい価値を創造できる人なんだと思います。
(決してNWO的な破壊ではなく)

そう考えると
日本文化特有の「血」ではなく「職」を継承する「家制度」というのは
実力者、創造者を生み出す
格好の土壌だったのかもしれませんね。

でも現代の「サラリーマン化社会」では
「我慢」や「無難」が定着していて
好きな道、やりたい道に踏み出さず
大抵の人が自分を殺して生きているのではないでしょうか。
BOT。


2014年は
「ブレークスルー」をテーマに
前進して行こうと思います。