判例時報2593号で紹介された事例です(横浜地裁令和5年3月3日判決)。

 

 

本件は、国選弁護人(弁護士)が被疑者に対し、いわゆる被疑者ノートを差し入れたところ、警察署の留置担当官が、①複数回にわたり、同ノートの中身を確認し、②被疑者に対し、同ノートのうち取調べのこと以外の事項が記載されている部分について黒塗りするよう指示し、さらに③取調べ以外の事項を同ノートに記載しないよう指示したことにより、原告の接見交通権及び秘密交通権を侵害したと主張して弁護士が国賠請求したというものです(請求認容25万円)。

 

 

本件では、被疑者に面会に来た会社関係者と会うのにそのままの服装では会いたくないため着替えたいといったところ留置担当官がそれは認めないとして面会を中止したり、面会時間がまだ残っているのに母親との面会を終了させられたりしたといったことがあったため被疑者がそのことを被疑者ノートに書き留めたところ、その内容を見つけた留置担当官が、「被疑者ノートには取調べ以外のことは書いてはいけない」として抹消や黒塗りを指示したということです。

 

 

判決は、担当官が被疑者ノートを検査した行為について、弁護人への宅下げの申請の前後で分けて検討しています。

 

宅下げ申請前の本件ノートの検査について
・刑事収容施設法227条は、文書図画について同法133条を準用し、被留置者が作成した文書図画(信書を除く。)を他の者に交付することを申請した場合には、その交付につき、被留置者が発する信書に準じて検査その他の措置を執ることができる旨規定する。その趣旨は、文書図画を他の者に交付するときは、特定人に対して意思や事実を伝達することとなるという点で、信書と同じ機能を果たすことがあるため、信書に準じた検査その他の措置を執ることができることとしたものと解される。
・被告は、被疑者ノートは弁護人等へ返却されることが予定されている文書であるから、宅下げ申請前であっても、「信書」として検査その他の措置を執ることができる旨主張する。
・確かに、被疑者ノートは、後に被疑者から弁護人等に返却され、弁護活動に役立てられることも想定されているが)、被疑者が被疑者ノートの宅下げを申請していない段階においては、被疑者が弁護人等との接見に備えてこれに記載して留置施設内で所持するものであるから、被疑者ノートを留置施設の内と外との間で発受される信書として扱うことは相当でない。

・刑事訴訟法39条1項が定める被疑者と弁護人等との接見交通権及び秘密交通権は、憲法34条の保障に由来し、身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し、その助言を受けるなど弁護人等から援助を受けるための基本的権利に属するものであり、弁護人にとっても、固有権の最も重要なものの一つである(最高裁昭和49年(オ)第1088号同53年7月10日第一小法廷判決・民集32巻5号820頁、最高裁平成5年(オ)第1189号同11年3月24日大法廷判決・民集53巻3号514頁参照)。そして、被疑者が弁護人等から援助を受ける権利を実質的に保障するためには、弁護人等に対して必要かつ十分な情報を提供し、弁護人等から助言を得るなど、弁護人等との間の交通が必要不可欠であるところ、被疑者が上記(1)のような被疑者ノートを作成することで、弁護人等との間の交通がより有効なものとなるといえるから、被疑者ノートの作成行為自体は接見行為そのものではないとしても、接見時の口頭の意思疎通を補完し、又はこれと一体となって弁護人等の援助の内容となるものである。
・以上のような接見交通権及び秘密交通権の重要性、被疑者ノートが果たす役割に照らすと、刑事収容施設法212条1項に基づいて留置担当官が被留置者の所持品を検査する場合であっても、検査の対象が被疑者ノートである場合には、被疑者ノートの秘密を保護し、接見交通権及び秘密交通権を侵害することがないようできる限り配慮することが、被疑者である被留置者との関係のみならず弁護人等との関係においても義務付けられていると解するのが相当である。
・したがって、宅下げ申請前の被疑者ノートについて、刑事収容施設法212条1項に基づく内容の検査が無制限に許容されると解するのは相当でなく、留置施設の規律及び秩序を維持するための必要性の程度と、侵害される利益の内容・程度等とを比較衡量して、内容の検査がどの程度許容されるかを判断すべきである。

・被疑者ノートについても、被留置者が留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる記載をする可能性はあるのであるから、そのような記載の有無を確認するため、留置担当官が被疑者ノートの内容の検査をする必要性がないとはいえない。
・もっとも、被疑者ノートは、上記のとおり、被疑者が弁護人等との接見に備えて取調べの内容や疑問点、意見あるいは接見の内容を記載し、弁護人等との接見を補完することを目的とする文書であり、接見の際に弁護人等がその内容を確認することやいずれ弁護人等に対して宅下げされることが想定されていることからすると、被疑者である被留置者が逃走、自殺、暴動の計画等の留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる記載をする可能性が高いとはいい難く、仮にそのような記載があれば、弁護人等が接見の際にそれを認識して適切に対処することが期待できる。
・したがって、留置施設の規律及び秩序を維持するために、宅下げ申請前において、留置担当官による被疑者ノートの内容を検査する必要性は高いとはいえない。
・これに対して、被疑者ノートの性質上、その内容の検査をすることは、それ自体が秘密交通権の侵害になり得るものである。そして、被疑者ノートの果たす役割に鑑みれば、捜査部門と留置部門が分離されているとしても、被疑者ノートの内容が警察官に知られる可能性があっては、それを慮って被疑者ノートへの記載を差し控えるという萎縮的効果が生じ、被疑者が弁護人等に対して必要かつ十分な情報を提供し、弁護人等から助言を得るなどの弁護人等との間の交通が阻害されるおそれがあるから、内容の検査によって被留置者及び弁護人等が受ける不利益の程度は大きいといわざるを得ない。
・以上によれば、被疑者ノートの内容の検査により生じる不利益は大きい一方、留置担当官が留置施設の規律及び秩序を維持するために内容の検査を行う必要性は高いとはいえない。
・したがって、宅下げ申請前の被疑者ノートを被留置者の所持品として刑事収容施設法212条1項に基づいて検査する場合、原則として検査対象文書が被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確認する限度で許容されるものというべきであり、外形上、被疑者ノートに該当することが確認された場合には、被留置者等の言動等から、留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項が記載されるおそれがあり、留置施設の規律及び秩序を維持するための高度の必要性が認められるなどの特段の事情がない限り、内容の検査を行うことは国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。
・これを本件についてみると、前記前提事実(3)によれば、本件ノートが被疑者ノートであることは外形上明らかである。そして、前記前提事実(4)及び(5)の事実経過によれば、本件検査1及び本件検査2が行われるまでのAの言動中に、逃走、自殺、暴動の計画その他留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表があったとは認められず、本件全証拠によっても、本件被疑者が本件ノートに留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項を記載するおそれがあり、留置施設の規律及び秩序を維持するための高度の必要性が認められるなどの特段の事情があったと認めることはできない。

 

 

宅下げ申請後の被疑者ノートの検査(本件検査3)について
・刑事収容施設法227条、同法133条によれば、被留置者が作成した文書図画について、宅下げ申請をした場合には、その交付につき、被留置者が発する信書に準じて検査その他の措置を執ることができる旨規定されており、同法222条3項は、被留置者が弁護人等から受ける信書については、そうした信書に該当することを確認するために必要な限度において検査することができる旨規定する一方、同条1項は、留置業務管理者は、その指名する職員に、未決拘禁者が発受する信書について、検査を行わせるものとすると規定し、未決拘禁者から弁護人等に対して発する信書について検査の範囲を制限していない。
・被告は、このような差が設けられている理由について、刑事訴訟法上、弁護人等との間での接見交通であっても、接見とは異なり、信書の発受は秘密交通が保障されていないこと、未決拘禁者が発する信書は、弁護人等から受ける信書とは異なり、不適切な記述(罪証隠滅の結果を生じさせる記述等)がなされることが十分に想定されること、また、弁護人等との面会における情報伝達と異なり、そうした不適切な記述がなされた信書が弁護人等から弁護人等以外の者に交付され、転々流通することも想定されることに照らすと、未決拘禁者が弁護人等に発する信書は原則的な検査を行う必要があるためであると主張するところ、確かに、未決拘禁者が弁護人等に発する信書に罪証隠滅の結果を生じさせる記述等の不適切な記述がされる可能性はあるから、刑事収容施設法が一般的な信書の検査について上記のような差異を設けていることには合理性が認められる。
・しかし、接見交通権及び秘密交通権が憲法34条の保障に由来することからすれば、刑事訴訟法39条1項が接見についてのみ秘密を保障していると限定的に解すべきではない。そして、被疑者ノートは、前記のとおり、弁護人等との接見を補完することを目的とする文書であり、接見交通権及び秘密交通権の保障を実質化するためのものであることからすれば、被疑者ノートを用いた弁護人等との接見交通については、原則として秘密交通が保障されると解するのが相当である(なお、被疑者ノートの上記目的からすれば、接見に備えて被留置者の処遇に関する疑問等が記載されることも想定されているというべきであり、被疑者ノートに記載されるべき事項を取調べに関する事項に限定する理由はないから、取調べに関する事項以外の記載についても同様に秘密交通が保障されるというべきである。)。
・また、被疑者ノートの性質上、弁護人等に宅下げされた被疑者ノートは、弁護人等が手元に置いてその後の弁護活動のために使用することが予定されているから、被疑者ノートが弁護人等から弁護人等以外の第三者へ転々流通することは通常考え難い。そして、弁護人等は、その職業倫理上、被疑者ノートを第三者に閲覧させたり交付したりすることによって罪証隠滅の結果を生じることがないように十分に注意を払うものと考えられ、被疑者ノートへの不適切な記載による弊害発生の阻止が期待できる。なお、被疑者ノートの記載中に隠語等が巧妙に使われ罪証隠滅の指示等がされる危険性がないとはいえないが、かかる危険性は弁護人等との接見においてもいえることであり、その危険性の程度に有意な差があるとはいい難く、こうした危険性を踏まえても接見に秘密交通権が保障されていることからすれば、そのことが被疑者ノートの内容を検査する必要性を高めるものとはいえない。
・以上からすれば、未決拘禁者から弁護人等に発する信書について、刑事収容施設法222条1項が内容の検査を限定する規定を設けていないとしても、同項に基づく被疑者ノートの内容の検査が無制限に許容されると解するのは相当でなく、留置施設の規律及び秩序の維持、罪証隠滅の結果の発生防止等の理由により内容を検査する必要性の程度と、侵害される利益の内容・程度等とを比較衡量して、被疑者ノートの内容の検査がどの程度許容されるのかを判断すべきである。
・そして、接見交通権及び秘密交通権が憲法34条に由来する重要な権利であり、前記(2)オ及びカ並びに上記イで説示したとおり、被疑者ノートの内容の検査により生じる不利益は大きい一方、被疑者ノートの性質上、留置業務管理者が留置施設の規律及び秩序維持、罪証隠滅の結果の発生防止等のために被疑者ノートの内容の検査を行う必要性が高いとはいえないことからすると、宅下げ申請がされた被疑者ノートに対する同法222条1項に基づく検査は、原則として検査対象文書が被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確認する限度で許容されるものというべきであり、外形上、被疑者ノートに該当することが確認された場合には、未決拘禁者の言動等から、留置施設の規律及び秩序を害する行為や罪証隠滅の結果を生じさせる行為の徴表となる事項が記載されるおそれがあり、留置施設の規律及び秩序維持、罪証隠滅の結果の発生防止等のために内容を検査する高度の必要性が認められるなどの特段の事情がない限り、内容の検査を行うことは国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。
・これを本件についてみると、本件ノートが被疑者ノートであることが外形上明らかであることは前記のとおりであり、前記前提事実(4)から(6)までの事実経過によれば、本件検査3が行われるまでの本件被疑者の言動中に、逃走、自殺、暴動の計画その他留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表や通謀その他の罪証隠滅等の徴表があったとは認められず、本件全証拠によっても、本件被疑者が本件ノートに留置施設の規律及び秩序を害する行為や罪証隠滅の結果を生じさせる行為の徴表となる事項を記載するおそれがあり、留置施設の規律及び秩序維持、罪証隠滅の結果の発生防止等のために内容を検査する高度の必要性が認められるなどの特段の事情があったと認めることはできない。

 

 

また、担当官が抹消を指示した行為について、職務上の法的義務に違反したといわざるを得ないとされています。
・刑事収容施設法224条1項は、留置業務管理者は、同法222条の規定による検査の結果、被留置者が発受する信書について、その全部又は一部が同項各号のいずれかに該当する場合には、その発受を差し止め、又はその該当箇所を削除し、若しくは抹消することができる旨規定している。そして、被告は、本件記述1及び本件記述2は、同項3号の「発受によって、留置施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとき」に該当する場合であり、本件抹消指示は適法であると主張する。
・そこで検討するに、本件抹消指示は、本件検査によって本件記述1及び本件記述2の存在を把握したD警部が、本件ノートの該当部分を黒塗りするよう指示したものであるところ、前提となる本件検査自体が職務上の法的義務に違反してされたものであることは前記1のとおりであるから、D警部が本件検査1をもとにその一部の内容の削除を求めた本件抹消指示もまた、職務上の法的義務に違反したといわざるを得ない

 

 

 

被疑者ノートの内容の確認などについて違法と判断された事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

 

被疑者ノートは日弁連が作成した冊子をそのまま差し入れることもありますが、普通のキャンパスノートの表に「被疑者ノート」と書き入れて被疑者ノートであることが外部からも分かるように差し入れることもありますが、その意味はそうすることによってただのノートとは異なり秘密保護の必要性が高いものであることを知らしめるという点にあります。