判例時報1517号で紹介された裁判例です(東京高裁令和5年3月15日判決)。

 

 

本件は、A社が2階建ての建物(コンテナ20基を組み合わせて住居用に内装や設備を施した)の建築を被告に依頼し、建築された建物の引き渡しを受けた後、A社が原告との間で、7年間の定期賃貸借契約及び同契約の終了後は本件建物等を買うとの売買契約を締結しましたが、その後、本件建物には、仮設建築物としての建築許可、建築基準法所定の認定を得た鋼材(指定JIS規格部材)の使用を前提とした建築確認及び完了検査がされていたものの、実際には、指定JIS規格部材ではない鋼材が使用されていたことが発覚したため、原告が被告に対し、建築基準法令に適合しない建物を建築して販売した者が当該建物の購入者から賃借した後に購入する者に対し賃貸事業を営むことができる建物を建築して提供すべき信義則上の義務を怠ったとの不法行為に基づく損害賠償請求をしたという事案です。

 

 

原告の法律構成とこれに対する裁判所の回答はつぎのとおりです。

 

1  本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があることを理由とする被告らの不法行為責任の有無(否定)

①本件においては、本件建物に使用された鋼材の靭性がどれほど劣化しているかなどを含め、本件建物について鋼板、梁、柱、根太、ササラ桁を形成する鋼材に指定JIS規格部材ではないものが使用されている状態のままにした場合にいずれは居住者等の生命,身体又は財産に対する危険が現実化することになることを基礎付けるに足りる事情は、何ら具体的に主張立証されていない。そして、②本件コンテナの製造工場発行の証明書には、本件コンテナにつき、その製造時に非破壊検査を実施し、溶接部において欠陥は確認されなかった旨の記載があること(乙31、32)、③国立大学法人九州大学大学院工学研究院のG教授作成に係る意見書において、本件建物に使用された鋼材につき、本件ミルシートの内容を確認し、指定JIS規格部材である「SS400」と比較検討をした結果として、一般に鋼材の性質としてリンの含有量が多いと溶接性が劣る懸念があるが、溶接部非破壊検査において有害な欠陥が確認されなかったことを前提とすれば、前記(1)②のとおりリンの含有量が「SS400」の規定値を超えているとしても、建造物の溶接部品質に悪影響を及ぼしているとは結論付けられないなどとして、その健全性には問題がないとの見解が示されていること(乙10)も併せ考慮すると、前記(1)に掲げた事情によっては、本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるものと認めるに足りない(第一審判決から引用)。

 

 

2  信義則上の義務違反による不法行為責任の有無(肯定)

①平成24年8月から9月にかけて締結された被告会社とA社の間の本件建物等の売買契約、A社と原告の間の本件賃貸借契約及び本件売買契約は、法的には別個の契約ではあるが、〈ア〉被告が、建築基準法85条5項に定める許可の要件を満たすコンテナハウスを建築してA社に売り渡し、〈イ〉A社が、同項に定める許可を得た上で、上記コンテナハウスを原告に賃貸し、〈ウ〉原告が、上記〈イ〉の賃貸借契約の期間中は、上記コンテハウスの各居室を震災復興事業の従事者等にさらに賃貸して本件賃貸事業を営み、上記〈イ〉の賃貸借契約の終了後には、上記コンテナハウスを買い受けて利用するという一連の「ビジネススキーム」(以下「本件スキーム」という。)というべきものの構成要素となっていたと考えられること、②被告会社は、〈ア〉原告に対して本件スキームへの参加を勧誘するとともに、〈イ〉上記①に挙げた各契約の契約書等を被告の取締役が起案し、〈ウ〉さらに、原告が営む本件賃貸事業に関しても、遅くとも平成25年8月以降、原告に対して毎月の収支の報告を求めるとともに、収益の確保に関する意見も述べ、〈エ〉本件建物に係る建築基準法85条5項に定める仮設建築物としての建築の許可の申請にも継続的にかかわり、また、本件建物が建築基準法85条5項に定める仮設建築物に当たるか否かについての石巻市との協議や、宮城県との協議(平成25年7月頃に行われた宮城県による本件建物の調査に際してのもの)への関与もうかがわれるなど、本件スキームの立案や構築について主導的な役割を果たすとともに、その維持についても関わっていたというべきこと、③被告会社の代表者は、原告に対して送信したメール中において、本件建物を用いた事業(本件賃貸事業)を「貴社との合弁事業」あるいは「弊社が提案施工、A社様が資金拠出、B社が借り上げ運営している案件」と表現していること(これらの記載は、既に述べたような本件スキームの内容や、本件スキームにおける被告会社の役割〔被告会社が本件スキームの立案・構築について主導的な役割を果たしていること〕を自認する趣旨と解するのが自然というべきである。)が認められる。
 これらの事情を勘案すると、被告会社は、本件スキームの立案や構築について主導的な役割を果たすとともに、原告を本件スキームに参加させ、さらに、本件スキームの維持にもかかわる者として、原告に対し、原告が本件賃貸借契約の期間の末日である令和元年10月30日まで本件賃貸事業を営むことができるように、法的に見て本件賃貸事業を営むのに適したコンテナハウスを建築し、これをA社に提供すべき信義則上の注意義務を負っていたものというべきである(第一審判決から引用)。

 

 

前記1において、本件建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるものと認めるに足りないとされたことを踏まえて、控訴審において、被告側は、次の最高裁判例に違反するとの主張を追加しました。

 

 

【最高裁平成19年7月6日判決】

 建物は,そこに居住する者,そこで働く者,そこを訪問する者等の様々な者によって利用されるとともに,当該建物の周辺には他の建物や道路等が存在しているから,建物は,これらの建物利用者や隣人,通行人等(以下,併せて「居住者等」という。)の生命,身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならず,このような安全性は,建物としての基本的な安全性というべきである。そうすると,建物の建築に携わる設計者,施工者及び工事監理者(以下,併せて「設計・施工者等」という。)は,建物の建築に当たり,契約関係にない居住者等に対する関係でも,当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないように配慮すべき注意義務を負うと解するのが相当である。そして,設計・施工者等がこの義務を怠ったために建築された建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり,それにより居住者等の生命,身体又は財産が侵害された場合には,設計・施工者等は,不法行為の成立を主張する者が上記瑕疵の存在を知りながらこれを前提として当該建物を買い受けていたなど特段の事情がない限り,これによって生じた損害について不法行為による賠償責任を負うというべきである。居住者等が当該建物の建築主からその譲渡を受けた者であっても異なるところはない。
 原審は,瑕疵がある建物の建築に携わった設計・施工者等に不法行為責任が成立するのは,その違法性が強度である場合,例えば,建物の基礎や構造く体にかかわる瑕疵があり,社会公共的にみて許容し難いような危険な建物になっている場合等に限られるとして,本件建物の瑕疵について,不法行為責任を問うような強度の違法性があるとはいえないとする。しかし,建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵がある場合には,不法行為責任が成立すると解すべきであって,違法性が強度である場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由はない。例えば,バルコニーの手すりの瑕疵であっても,これにより居住者等が通常の使用をしている際に転落するという,生命又は身体を危険にさらすようなものもあり得るのであり,そのような瑕疵があればその建物には建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があるというべきであって,建物の基礎や構造く体に瑕疵がある場合に限って不法行為責任が認められると解すべき理由もない。

 

 

これに対する控訴審判決の要旨は次のとおりです。

【控訴審判決】

①(判例違反)について、前記最高裁判決は、建物はその居住者その他の利用者、隣人、通行人等(以下、併せて「居住者等」という。)の生命、身体又は財産を危険にさらすことがないような安全性を備えていなければならないことから、建物の設計者、施工者及び工事監理者(以下、併せて「設計・施工者等」という。)は、契約関係にない居住者等に対する関係でも、当該建物に建物としての基本的な安全性が欠けることがないよう配慮すべき注意義務を負う、とした上で、設計・施工者等がこの義務を怠ったために当該建物に建物としての基本的な安全性を損なう瑕疵があり、それにより居住者等の生命、身体又は財産が侵害された場合には、設計・施工者等は特段の事情のない限り不法行為責任を負う、としたものである。これに対し、第一審被告は、本件建物の設計・建築をするにとどまらず、所有者となるA者らを介して第一審原告に本件建物を提供し、第一審原告がその各居室を震災復興事業の従事者等に賃貸する事業を営むという、一連のビジネススキームの立案や構築について主導的な役割を果たすとともに、その維持にもかかわっていたのであり、また、第一審原告が侵害された利益も、上記賃貸事業を営むのに適した建物の提供を受けるという、具体的な事業上の利益である。このように、注意義務の根拠となる行為者の属性や先行行為、被侵害利益の異なる本件において、信義則上の注意義務違反を理由とする不法行為責任を肯定することが、前記最高裁判決に違反するとはいえない。