判例タイムズ1516号で紹介された最高裁判例です(最高裁令和5年9月27日決定)。

 

 

本件は民訴法263条の解釈適用が問題となった事案です。

民訴法263条は、不熱心訴訟に対するサンクションとして、当事者双方が期日に欠席したりしたような場合に訴えを取り下げたものとみなすという規定となっています。

過払金訴訟が全盛であった頃、訴訟を提起した後で貸金業者と和解がまとまったものの、支払日が期日の1か月以上あとになるような場合に、わざわざ期日に出席するのも無駄なので、事前に裁判所に連絡して期日には行かず、その後念のため1か月以内に期日の再指定の申立てをしたりということをしていましたが、この規定に基づいての対応であったということになります。

 

 

民事訴訟法

(訴えの取下げの擬制)
第263条
 当事者双方が、口頭弁論若しくは弁論準備手続の期日に出頭せず、又は弁論若しくは弁論準備手続における申述をしないで退廷若しくは退席をした場合において、一月以内に期日指定の申立てをしないときは、訴えの取下げがあったものとみなす。当事者双方が、連続して二回、口頭弁論若しくは弁論準備手続の期日に出頭せず、又は弁論若しくは弁論準備手続における申述をしないで退廷若しくは退席をしたときも、同様とする。

 

 

本件は、当事者双方が連続して2回期日に欠席などした場合に訴えの取下げを擬制する後段の解釈適用が問題とされました。

前記した過払い金のような訴訟は別として少なくとも、少なくとも訴え提起した原告は期日に出頭しますから、通常ではこのようなことは起こらないことですが、本件では原告は死刑囚で、被告である雑誌社を相手取って名誉毀損に基づく損害賠償請求をしたという事案でした。

原告が死刑囚では期日に出頭できるはずもなく、被告の雑誌社も第一回、第二回口頭弁論とも欠席したため、法263条に基づいて訴えが取り下げられたものとみなされると被告が主張したのが本件です(第一審裁判所(大阪地裁)は、第二回口頭弁論期日を延期としたうえで、東京地裁に移送するとの決定をしたものですが、取下の擬制により訴え自体が存在しなくなったから移送決定も違法であるとして争われた。なおなぜ東京地裁に移送したのかといえば、本人訴訟であった原告が、面会した弁護士から「東京地裁なら出廷できる」と言われたとして上申したためでした)。

 

 

第一審裁判所、抗告審裁判所ともに、本件口頭弁論期日は民訴法263条後段の「期日」に当たらず、同条後段の規定にかかわらず本件訴訟について訴えの取下げがあったものとはみなされないと解すべきであると判断した上、本件移送申立てに基づき、本件訴訟を東京地方裁判所に移送すべきものとしました。

理由は、本件口頭弁論期日において、審理を継続することが必要であるとして、期日の延期とともに新たな口頭弁論期日の指定がされたからということでした(延期されているので第二回口頭弁論の「期日」自体が存在していない)。

 

 

しかし、最高裁は次のとおり述べ判断を覆し、本件訴訟について訴えの取下げがあったものとみなされないとした判断には同条後段の解釈適用を誤った違法があるとし、移送申立てを却下しました。

・民訴法263条後段は、当事者双方が、連続して2回、口頭弁論又は弁論準備手続の期日に出頭しなかった場合、訴えの取下げがあったものとみなす旨規定する。同条後段の趣旨は、上記の不出頭の事実をもって当事者の訴訟追行が不熱心であるとして、訴訟係属が維持されることにより裁判所の効率的な訴訟運営に支障が生ずることを防ぐことにあると解されるが、同法には、上記の場合において、同条後段の適用を排除し、審理を継続する根拠となる規定は見当たらない。そうすると、上記の場合に、審理の継続が必要であるとして、期日を延期して新たな口頭弁論又は弁論準備手続の期日を指定する措置がとられたとしても、直ちに同条後段の適用が否定されるとは解し得ず、同条後段の「期日」の要件を欠くことになるともいえないというべきである。
・そして、本件訴訟においては、当事者双方が第1審の第1回口頭弁論期日及び本件口頭弁論期日に出頭せず、訴状の陳述もされていないところ、相手方(本件訴訟の原告)は、拘置所に収容されている死刑確定者であり、本件口頭弁論期日に至るまで、訴訟代理人を選任する具体的な見込みを有していたともうかがわれないことからすると、相手方が主観的に訴訟追行の意思を失っていなかったにせよ、当事者双方が出頭しないことにより裁判所の訴訟運営に支障が生じており、これが直ちに解消される状況になかったことは明らかであり、そのほか訴えの取下げがあったものとみなすことを妨げる事情も見当たらない。そうすると、本件口頭弁論期日において、上記の措置がとられたからといって、同条後段の適用が否定されると解することはできないというべきである。
 

 

このように考えると、本件死刑囚のような出廷できる見込みがない当事者の裁判を受ける権利の保障が問題となります。この点については以下のような宇賀判事の補足意見が参考になります。

・本件の場合、相手方は、刑事収容施設に収容されている死刑確定者であるところ、刑事収容施設の被収容者に対する出廷許可は、昭和35年7月22日付け矯正甲第645号法務省矯正局長通達「収容者提起にかかる訴訟の取扱いについて」に基づいて運用されており、訴訟について裁判所から召喚を受けた被収容者の出廷については、具体的事案における出廷の必要の程度及び出廷の拘禁に及ぼす影響の程度等を勘案し、施設長の裁量によりその許否を決することを原則としている。実際の運用としては、出廷許可がされる可能性はきわめて低いようであり(そのことの是非は別に論ずる余地があると思われるものの)、一般的にいえば、本人訴訟を提起する死刑確定者について、民訴法263条後段の訴えの取下げ擬制の例外を認めたとしても、その後、事件が進行する見込みは立たないと思われるので、かかる場合に例外的に訴えの取下げ擬制を排除することが妥当かには疑問が生じ得る。
・他方において、本件においては、東京地方裁判所に移送されれば、弁護士を訴訟代理人に選任して、当該訴訟代理人が期日に出頭することが可能であるという上申がなされており、原決定は、この点も考慮して、移送決定をした原々決定を是認したものと考えられ、訴訟追行の意思がある者の訴訟追行の機会をできる限り奪うべきでないという趣旨は理解することができないではない。もっとも、東京地方裁判所での審理であれば、弁護士を訴訟代理人に選任して訴訟代理人が期日に出頭することができる見込みであることを裏付けるものは、相手方の上申書のみであり、当該弁護士に対する委任状が提出されているわけではなく、かつ、当該弁護士の氏名や連絡先も明らかにされていない。したがって、当該弁護士が真に受任の意思を表示したかを確認することができず、東京地方裁判所に移送すれば、当該弁護士が訴訟を追行する蓋然性が高いとは判断し難い。さらに、相手方は、本件口頭弁論期日の直前まで訴訟代理人の選任に尽力したが間に合わなかったというわけではなく、本件口頭弁論期日の約6か月後に本件移送申立てを行っているのであり、民訴法263条後段の規定により生じたはずの訴えの取下げ擬制の効果を、約6か月後の具体性の乏しい上申書により覆滅させることには躊躇せざるを得ない。
・しかしながら、法廷意見の考え方による場合、本人訴訟を提起する刑事収容施設の被収容者の裁判を受ける権利の侵害にならないかについて、検討する必要がある。この点については、被告の協力が得られる事案では、最初の口頭弁論期日から被告に出頭を求めれば、民訴法263条後段の規定は適用されず、擬制陳述(民訴法158条)の方法をとることもできるが、被告が一貫して出頭を回避する方針をとった場合には、擬制陳述を行うためには、当事者の一方が出頭している必要があると解されるので、本件のように、本人訴訟を提起する刑事収容施設の被収容者について、民訴法263条後段の規定による取下げ擬制の例外を認めても、実体審理に入ることはできない。
・もとより、刑事収容施設の被収容者に資力がない場合、民事訴訟では国選弁護人の制度がないので、実質的に裁判を受ける権利を侵害しないか否かは重要な問題であるが、総合法律支援法に基づく民事法律扶助事業を利用することにより、資力のない者も、民事訴訟で弁護士を代理人とする道は閉ざされていないといってよいと思われる。