判例タイムズ1515号で紹介された裁判例です(東京高裁令和4年10月207判決)。

 

 

本件は、週刊文春に次のような事実を摘示した記事が掲載されたことで、書かれた国会議員が、名誉毀損として訴えたというものです。

 (問題とされた記事(事実摘示の内容)

①X氏(F)が,自身の会社(株式会社F´)に対する青色申告の承認が取り消されそうになったため,何とかならないかと旧大蔵省出身の原告事務所に相談したところ,原告事務所の秘書を通じて原告の右腕ともいうべき私設秘書であった税理士のCを紹介され,原告やその秘書が国税当局に働きかける「口利き」をしてくれるとの認識の下,Cに着手金100万円を支払って国税当局への「口利き」を依頼したとの事実

②Cからの報告がなかったため,X氏と関係者が,平成27年9月に原告事務所を訪れて原告に事情を説明したところ,原告が国税当局への「口利き」の対価であることを認識しながら上記100万円をCから受け取ろうとした上で,X氏からの依頼を了承し,旧知の国税局長とされる人物に電話を掛けようとしたとの事実

 

 

本件の争点は、文春が①②につき真実であると信じたことにつき相当な理由が認められるかどうかでしたが(真実相当性)、第一審判決(肯定 請求棄却)と控訴審判決(否定 慰謝料300万円認容)と判断が分かれています。

 

 

(第一審判決 東京地裁令和3年12月27日判決)

・Dの陳述及び供述によれば,被告が本件記事の掲載された本件雑誌を発行するまでの間に,被告の記者らは,原告事務所に対する取材を実施し,原告事務所から,株式会社F´が税務調査を受けているとの相談が原告事務所にあり,原告事務所の秘書が原告と相談の上で税理士のCをFに紹介したとの回答を得ていた。また,被告の記者らは,E,F及びCに対する取材を実施し,概ね摘示事実①に沿う内容の発言を得た上,これを裏付ける資料として,原告の名刺及びCの名刺,本件送付状,本件照会回答書,本件権限証書をFから提供されていた。
 なお,原告事務所はFにCを紹介した平成27年7月より前の同年5月にCが私設秘書を退職した旨回答していたが,「Cが原告の右腕ともいうべき私設秘書」であった旨の記載については,被告の記者らが取得した株式会社A´の商業登記簿によれば,原告が代表取締役を務める同社にCが平成22年11月11日に監査役に就任し(他に取締役や監査役はいない。),平成24年12月26日に取締役に就任し,上記商業登記簿取得時の平成28年6月2日時点でも取締役であったこと(他には取締役1名,監査役1名),Cのブログ記事によれば,原告の母の葬儀で受付役を務めたり(平成23年2月17日の記事),原告の中国視察旅行を企画したり(同年8月23日の記事),Cがパーティにおいて原告を代理して挨拶したり(平成24年1月27日の記事)していたことなどが記載されていたこと,FがDに交付したCの名刺に,「参議院議員A」「秘書 C」,「国会事務所 東京都千代田区永田町2-1-1参議院議員会館a号室(注記:原告事務所の住所)」と記載されていたこと,FがDに交付した本件送付状には,差出人欄に「議員名 参議院議員A」,「秘書名 秘書・税理士 C」,「住所 東京都千代田区永田町2-1-1(注記:参議院議員会館の住所)」と記載されていたことなどによって裏付けられるということができる。また,原告事務所は株式会社F´の件は単なる税務調査に関する相談であった旨回答しているが,Fがそれまでほとんど関係のなかった原告事務所に税務関係の相談をしていること,同相談を受けた原告事務所がFに紹介したCは,Fの依頼内容を聞いた後,「議員名 参議院議員 A」,「秘書名 秘書・税理士 C」,「着手金100万円を,至急下記にお願い申し上げます。」「ご確認後,国税に手配させて頂きます。」との記載がある本件送付状をFに送付したこと,被告の記者らの取材によれば,法人に対する青色申告の承認取消処分に対する不服申立てをする際の報酬相場は30万円程度であることからすれば,Fが,青色申告の承認取消しの不服申立て等の通常の手続を超える,旧大蔵省出身の原告やその秘書でなければできないような,青色申告の承認取消処分等への国税当局への働きかけとしての「口利き」を依頼しようとし,原告事務所がそれと認識の上で応じたとのE及びFの発言が裏付けられるということができる。

・Dの陳述及び供述によれば,被告が本件記事の掲載された本件雑誌を発行するまでの間に,被告の記者らは,原告事務所及び原告本人に対して取材を実施したが,原告事務所も原告本人も,平成27年9月にFらが原告事務所を訪問したことはもとより,原告が国税当局への「口利き」の対価であることを認識しながら100万円を受け取ろうとしたり,旧知の財務省幹部に電話を掛けようとしたりしたとの事実を否認していた。また,Cも,一旦はFに対して「頂いたお金は全てA本人に取られた。」と述べたものの,被告の記者らに対し,原告に100万円を渡したのかについては「ノーコメントにさせてください。」などと述べた。

 そして,被告の記者らは,取材時にFらが原告事務所を訪問した日を平成27年9月4日と特定していたにもかかわらず,同日Fらが原告事務所を訪れたことを裏付ける資料や原告が同日原告事務所にいたことを裏付ける資料を入手しておらず,ましてや同日,原告が,Cに電話を掛けてFが支払った100万円を原告に渡すよう求めようとしたり,旧知の国税局長とされる人物に電話を掛けようとしたりしたとの事実を裏付ける資料を入手していない。とりわけ,「Cにすぐ連絡して!振り込みさせなさい!」との原告の発言が「Cに,FがCの関係する金融機関口座に振り込んだ100万円を,原告側の金融機関口座に振り込みさせなさい」との趣旨であることや,原告が電話を掛けようとした相手が「旧知の国税局長」であったとする根拠については,その場にいたF,EあるいはGがそのように受け止めたという発言,陳述及び供述以上のものはない。

 しかも,本件訴訟になって判明したことではあるが,平成27年9月4日当日,原告は,午前10時1分に開議した参議院本会議に出席し,午前10時7分に同会議が散会した後,羽田空港に移動して午前11時20分発の飛行機に搭乗し,佐賀に向かっているが,羽田空港に移動するまでのわずかの時間に,原告事務所に戻り,Fらと面会をして話を聞き,各所に電話を掛けることなどできるのかあるいはやろうとするのかといった疑義が生じる。
 他方で,被告の記者らはE及びFにも取材を実施したが,両名から,概ね摘示事実②に沿った発言を得ていた。

 E及びFの発言内容はほぼ一致しており,とりわけFの発言は,平成28年の取材時と平成30年の取材時とで,ほぼ変わることはなかった。また,概ね摘示事実①に沿うE及びFの発言については,これを裏付ける資料も存在するため,真実である蓋然性が相当高いといえるところ,摘示事実②に関してのみ虚偽の発言を行う事情や動機は,本件全証拠及び弁論の全趣旨からはうかがわれない。とりわけ,原告がCに100万円を振り込ませようとしていたとの事実については,原告が国税当局に「口利き」を行い,その対価を得ようとする行為といえ,同行為が政治家として不適切なものであることは明らかであるところ,その内容が記事となって相当の発行部数のある週刊誌「週刊文春」に掲載されたときには,原告の社会的評価が著しく低下することが明らかであるにもかかわらず,週刊誌「週刊文春」の記者であることを明示した被告の記者らの取材に対しFやEがあえて虚偽の発言をする事情や動機は,本件全証拠及び弁論の全趣旨によってもうかがわれない。さらに,内容面に関していえば,100万円を振り込んだ後にCから報告がないため,FとEが,振込みの約2か月後の平成27年9月頃,原告に確認しようと原告事務所を訪れ,原告に対して青色申告の承認取消しの件を原告事務所に依頼をし,原告事務所から紹介されたCの指示により100万円をCが指定する口座に振り込んだことを説明したとの話の流れは極めて自然であるし,本件送付状には「議員名 参議院議員 A」,「秘書名秘書・税理士C」,「着手金100万円を,至急下記にお願い申し上げます。」「ご確認後,国税に手配させて頂きます。」と記載されていたのであるから,当該100万円は原告事務所に対して支払われたものといえるため,Cが着手金100万円を原告事務所に渡していないことを原告が認識した場合には,Cにそれを渡すよう指示しようとすることも自然であり,青色申告の承認取消しの件に関して何か働きかけをしようとするのであれば,所轄の国税局長に対して連絡を取ろうとするのも自然であるといえる。そして,本件当時株式会社F´が所在する長野県の税務署を管轄する関東信越国税局長を務めていたLが,被告の記者の取材に対し,原告との関係(大学のテニスサークルにおける関係等)については雄弁に語りながら,「関東信越国税局長を務めていた時に原告から青色申告の承認取消の件で連絡を受けたことはないか」との問いかけに対しては,具体的な回答を避けつつ,否定することもなかったことは,原告がLに連絡を取った可能性をうかがわせないではない。
 そうすると,FとEが,平成27年9月に原告事務所を訪れて原告に説明をし,原告が国税当局への「口利き」の対価であることを認識しながら上記100万円をCから受け取ろうとした上で,Fからの依頼を了承し,旧知の国税局長とされる人物に電話を掛けようとしたとの摘示事実②が真実であるとの証明があったということはできないものの,摘示事実②を,本件記事の掲載された本件雑誌が発行された当時,被告が真実であると信じたことには相当の理由があるということができる。

 

 

(控訴審判決)

・X氏が、Aに対し、着手金100万円を支払って自身の会社の青色申告承認の取消処分に関し国税当局への「口利き」を依頼したとの摘示事実①の重要な部分については、B及びDの供述のほか、本件送付状、本件照会回答書等の客観的な資料が存在することから、被控訴人が真実であると信じたことに相当の理由があると認められるものの、控訴人が、上記の100万円を、Aから自己の管理する金融機関の口座に振り込ませて受け取ろうとしたことや、旧知の国税局長とされる人物に電話を掛けようとしたことなどの摘示事実②の重要な部分については、これに沿うB及びDの供述のほか、本件雑誌の発行後のFの供述が存在するのみであり、その事実を裏付ける供述以外の客観的な証拠はない。

・確かに、本件送付状には、「秘書・税理士 A」とともに「参議院議員 C」も差出人として掲げられ、「着手金100万円を、至急下記にお願い申し上げます。ご確認後、国税に手配させて頂きます。」との記載はあるものの、本件送付状は、控訴人事務所が使用している文書送付の書面とは形式が異なるものであり、書面の外観上、その作成に控訴人本人が関与した形跡はうかがわれないし、本件照会回答書も、Bから本件送付状に記載された指定金融機関の口座(Aが代表を務める税理士法人の福岡銀行大牟田支店の普通預金口座)に100万円が振り込まれたことを明らかにするのみであり、控訴人が上記100万円の振込要求に関与していることを裏付けるものではない。また、Aは、Eの取材に対し、Bから100万円を受領した事実は最終的に認めたものの、更に控訴人にその100万円を渡したか否か等については、「そこについてはノーコメントにさせてください」などと述べ、Aが100万円を控訴人に交付したことについて明確な供述をしていない。

・特に、摘示事実②においては、Bが、平成27年9月4日に控訴人事務所を訪れ、そこで実際に控訴人に面会したという事実が真実であるか否かが重要であると認められるが、上記事実については客観的な裏付けがない。
 かえって、本件訴えが提起された後になって判明したことではあるが、控訴人事務所が置かれている参議院議員会館の同日の面会申込書には、Bが同議員会館を訪れた事実は記載されておらず、また、同日のBとの面会については控訴人のスケジュール表にも記載がない。控訴人は、本件雑誌の発行当時、国務大臣も務めていた極めて多忙な国会議員であり、多数の関係者と調整の上であらかじめ定められたスケジュールに従って行動しており、そのため、スケジュール表は、控訴人の行動準則としての正確性と完全性が求められている。このことは、週刊誌「週刊文春」の発行者として平素から国会議員や国務大臣等に対する取材活動を行っている被控訴人にとって十分に認識している事実であったにもかかわらず、被控訴人の記者らは、控訴人及び控訴人事務所に対し、「取材のお願い」と題するファクシミリ文書により、平成27年9月4日に控訴人が議員会館でBと面会した事実があったか否かを質問したのみで、これに対して、控訴人事務所から「ご質問の日に面談した事実はありません。」との回答がされたのに対し、さらに、同日の控訴人の具体的スケジュールを確認するなど、面会の事実の否定についてこれを弾劾するための反面調査を行っていない。

 他方で、控訴人は、同日は、午前10時1分に開議した参議院本会議に出席し、午前10時7分に同会議が散会した後、羽田空港に移動し、午前11時20分同空港発の飛行機に搭乗して佐賀県に向かっているが、同日の状況に関して述べるB及びDの供述を前提とすると、控訴人は、上記の僅かな時間の中で国会議事堂から参議院議員会館内の控訴人事務所に戻り、Bと面会し、Bから事情の説明を受け、その趣旨を理解し、Bの要望に応えるために旧知の国税局長に「口利き」のための電話を掛けたということになるが、本件全証拠によっても、同日、そのような時間的な余裕があったものとは認められない。
 以上によれば、控訴人が、平成27年9月4日、控訴人事務所を訪れたBと面会したという摘示事実②の重要な部分について、重大な疑問があり、これについては、被控訴人が、前記のとおり、当日の控訴人の具体的なスケジュールについて更に調査をし、Bらに再調査をするなど、適切に取材をすれば、容易に判明したはずであるにもかかわらず、被控訴人が十分な調査をしなかった結果、本件雑誌の発行当時には明らかにはならなかったということができる。

・国会議員である控訴人が、依頼を受けて金銭を受け取った上、B’に対する行政処分(青色申告承認取消処分等)に関し、国税当局に「口利き」をして国会議員等としての影響力を行使しようとする行為は、公職者あっせん利得罪(あっせん利得処罰法1条1項)等の犯罪に該当する可能性のある行為である。しかも、青色申告承認取消処分の判断について、法律上は処分行政庁に裁量が認められるとしても(法人税法127条1項)、実務上は処分基準である事務運営指針に基づいて相当程度機械的に行われていることがうかがえ、国税当局に対する「口利き」が奏功してその判断が覆るような可能性は相当に低いと考えられる。そして、このことは、国会議員であり、かつ大蔵省の官僚であった控訴人も知悉していたものと認められる。また、本件記録上、控訴人が、Bから依頼された「口利き」の内容や依頼に至る経緯及び依頼者であるBないしB’の素性等について、A等から詳細を確認した形跡はうかがえない。このような状況下において、控訴人が、Aから事情を聴取することなく、Bの説明のみを聞いて、事情を理解した上で、Bの面前で、Aが受け取った100万円を自己が管理する金融機関の口座に振り込むよう秘書に命じさせたり、あるいは、国税局長に電話を掛けて、特定の納税者であるB’の青色申告承認取消処分に関して「口利き」をしたりすることは、控訴人自身の立場を危うくする行為であるのは明らかであるといえ、控訴人が、Bらの面前で、そのような言動を行うこと自体、不自然かつ不合理な行為というべきである。

・Bは、控訴人事務所から紹介されたAに対し、国税当局に対する「口利き」をしてもらってB’の青色申告承認取消処分等を免れるために100万円を支払ったにもかかわらず、Aが税理士として行った青色申告承認継続のための国税事務所に対する働きかけは奏功せず、結果的にB’の青色申告承認は取り消されたものであり、控訴人事務所やその主宰者である控訴人について悪感情を有している可能性は否定できないし、Dも、控訴人の後援会の幹事長をわずか半年で解任された者であり、控訴人に悪感情を抱いている可能性は否定できない。そうすると、B及びDが、摘示事実①については真実を語りながら、更に100万円の授受や国税当局への「口利き」についての控訴人本人の関与といった摘示事実②については虚偽の供述をする動機がないとまではいえず、被控訴人は、本件雑誌の発行当時、上記のような経緯等を知っていたか、取材によって容易に知り得たと認められる。そうすると、被控訴人としては、上記のとおりBやDの供述が内容自体において不自然かつ不合理であることも踏まえ、その供述の信用性については、慎重に検討する必要があったというべきである。