高松地裁令和4年8月30日判決
いくつかの争点のうち,本件条例の立法目的の正当性及び目的と手段との間の実質的関連性が認められるかについての判決要旨です。
①立法目的の合理性ないし必要性を基礎づける事実
・ネット・ゲーム依存症の治療ないし予防の必要性前記認定事実⑴ア、同イ(イ)、同オ(ア)、同カのとおり、いわゆるインターネット依存については、その病像・病態の中核は一応のところ前記認定事実イ(イ)、ウやエに挙げられるとおりのものであるが、これらは、平成5年以降、「インターネット依存」、「病的インターネット使用」、「オンラインゲーム障害」等の多数の用語が作られ、医学文献上も、「インターネットゲーム障害(IGD)」や「ゲーム障害」、「ネット・ゲーム依存症」といった多数の用語や概念が明確な定義もないまま用いられるなど、精神医学・心理学・教育学等幅広い研究が続けられており、併せて、医者や研究者によって、疾患か病態ないし状態を示すものであるのか、ギャンブル依存のような嗜癖と捉えるべきか否かなども含めて、多岐にわたる議論がされており、帰一しない状態である。
しかし、過度のネット・ゲームないしオンラインゲームの使用は、主として社会生活上の問題ないし支障・弊害を引き起こす可能性が相当数指摘されている状況であり、そうした支障や弊害が生じる可能性そのものは、疾病であると、病態・状態であるとを問わず否定できないこと、青少年は特にその影響を受けやすく生育により一層支障を来す可能性があるということや、ネット・ゲーム依存症についてはその予防ないし治療を必要とする場合があり、本人のほかその養育に責務を有する保護者らが医療的対応を求めて専門施設に相談する件数が多数に上っている実情があり、既に複数の医療機関において対応を余儀なくされていることはいずれも明らかである。
そうすると、ネット・ゲーム依存症との呼称を付与するかはさておき、インターネットないしオンラインゲームの過度の使用により、その健康上・社会生活上生じる様々な弊害・支障、取り分け青少年において生じる生育上の危険性につき、これを予防すべき社会的要請については、一定の根拠に基づき認めることができる。
・その治療ないし予防の必要性は香川県においても認められること前記認定事実⑵によれば、ネット・ゲーム依存症の治療ないし予防の必要性は香川県においても認められる。
・そうすると、香川県において、ネット・ゲーム依存症の予防の必要性を立法目的とすることは立法事実の裏付けがあるといえる。
②立法手段の合理性について
・本件条例18条1項は、保護者に対し、まずは「使用に伴う危険性」及び「過度の使用による弊害等」について「子どもと話し合い」をするよう促し、併せて、子どもとのルール作りを求めるものであるところ、上記認定事実オ(ウ)c⒝のとおりの医師の意見・見解もあることに照らすと、保護者にそのような行動を求めることは、予防方法のうちの一案として提唱されていることに沿うものといえる。
本件条例18条2項は、上記の同条1項の定めを受けて、1日当たりの利用時間の上限の目安を示し、目安を参考に自ら話し合いの上で定めたルールを遵守させるよう努めるという努力を求めるものにすぎず、もとより時間制限というものではないと解される。
・しかるに、前記(ア)及び前記認定事実⑴イ(ウ)、同オ(ウ)cで挙げられる世界的な研究を含む医学的知見ないし諸見解によれば、これらの予防や治療として、認知行動療法、動機付け面接といった心理的介入、あるいはカウンセリングや家族療法が挙げられているが、併せて、重要なことは、最終的な治療目標は人生の責務との両立としてどのようにゲーム使用を自ら制御していくかは個人によって異なるという指摘もされているところであり(前記認定事実⑴イ(ウ))、本邦における医師の見解でも、ゲーム依存の状態に陥る者には現実の社会生活上の背景があり、実際のゲームの内容それ自体についても心理学的に複雑な内容となっていることなどから、一方的にゲームを取り上げるのではなく、家庭環境からのアプローチや働き掛けとして、本人と家族が十分に話し合いをし、本人が自主的に終了できるようにすることが重要であり、依存症に陥る前の予防として弊害を教えることも必要と指摘されているところである(前記認定事実⑴オ(ウ)b、c)。
・さらに、前記認定事実⑷アのとおり、国のゲーム依存症対策関係者連絡会議において発表された医師らの意見も上記認定事実⑴オで挙げられる医学的諸見解と同様のものであったほか、ゲーム関連団体からも、外部有識者の調査を踏まえて、予防として、家庭内コミュニケーションの活発化を促す啓発活動の取組や現実生活への配慮が重要であることなどを肯定する意見が寄せられている。
・これらの指摘を踏まえて、依存症ないし依存状態に陥る危険性や弊害が生じることがあり得ることを含め、親から子への声掛けや話し合い、コミュニケーションの上で、健康や社会生活上の支障が生じる前にゲーム使用がこれらと両立できるよう制御し、又は自主的に終了できるよう話し合う機会を持つよう努めることを定めること、そして保護者が子どもと話し合った上で最終的には利用時間を自ら定めるよう求めることは上記の医師らの指摘や諸見解にも沿うものであり(もっとも、本件条例により示されたゲームの利用時間は、前記認定事実⑴オ等をみても、医師は例示として挙げていると解され、飽くまでも青少年の生活リズム等を教育的見地から併せ考慮した目安と解される。)、不合理なものとまではいえない。
そして、これより制限的でない他の方法は特段示されていない。
・以上のとおり、本件条例において採用された手段は、上記医学的な知見・諸見解に沿うものとしてこれを基礎づける事実があるといえる。
③立法目的と手段の実質的関連性
以上にみたとおり、本件条例で採用された保護者に子との話し合いを持つよう定めた立法の手段は、ネットゲーム依存症の状態に陥らないよう予防するためとの立法目的との間に実質的に関連性を有するものといえる。
原告の訴え取り下げ認めず 県ゲーム条例訴訟、8月判決―高松地裁 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)