判例タイムズ1512号で紹介された裁判例です(東京地裁令和4年5月13日判決)。

 

 

本件は、交通事故により受傷した原告(国家公務員共済に加入)が、事故の相手方であるAとの間の損害賠償請求訴訟において過失割合を5:5として和解し、支払いを受けたあとで、共済組合に対して、過失相殺の原告負担部分の高額療養費を請求したところ、不支給とされたため、不支給処分の取り消しをもためという行政訴訟です。

 

 

共済組合が不支給とした理由の一つが、国共法47条2項で、同一の事由について損害賠償を受けたことに該当するからというものでした。

例えば、100万円の治療費が発生したとして、その100万円を事故の相手方が支払ったのであれば、共済組合が二重に支給する必要はないということです。

しかし、本件の場合、原告が受けた支払いは過失割合を5:5とした50万円の部分でした。

そのため、判決は、原告負担部分である50万円の部分については二重払いのおそれがないとして共済組合側の主張を退けています。

 

 

国家公務員共済組合法(損害賠償の請求権)
第47条
 組合は、給付事由(第七十条又は第七十一条の規定による給付に係るものを除く。)が第三者の行為によつて生じた場合には、当該給付事由に対して行つた給付の価額の限度で、受給権者(当該給付事由が組合員の被扶養者について生じた場合には、当該被扶養者を含む。次項において同じ。)が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。
 前項の場合において、受給権者が第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、組合は、その価額の限度で、給付をしないことができる。

 

また、共済組合側では、原告が事故の相手方との間で行った訴訟上の和解で、放棄条項(和解金額以上の請求を放棄する)、清算条項(お互いに今後の債権債務はないこと、請求はしないことを確認する条項)を結んでいたことから、高額療養費の給付事由と同一の事由に基づく損害賠償請求権を放棄した場合には不支給とするという共済組合が定めた運用方針に該当するとも主張していました。

これに対し、判決では、「受給権者が損害賠償請求権の全部又は一部を放棄した場合」に該当するか否かについては、受給権者が不用意な示談や和解等をしたことによって、受給権者の給付を受ける権利が安易に失われることなどがないように、当該「放棄」についての受給権者の真意の認定を厳格に行う必要があると解され、この認定に当たっては、和解等の当事者の合理的意思を踏まえて解釈するのが相当であるとした上で、本件和解の経緯を検討しています。

本件和解は、当該裁判所が、5:5の過失割合を踏まえた上で和解条項案を提示した内容に沿ってなされたもので、裁判所の心証からすると、和解金額を超えて事故の相手方の負担部分の本件治療費を含む損害元本部分について認められる可能性は低く、そうである以上、原告としては損害賠償請求権を放棄したという意思を有していたとはいえず、本件放棄条項は、原告の過失をしんしゃくした後の原告のBに対する損害賠償請求権について、本件放棄条項は、裁判所の心証に基づく本件和解条項に定める金額以上の損害賠償請求権を有しないことを、明示する趣旨の条項であると解するのが、本件和解の当事者の合理的意思に合致するというべきであると説示されています。

また、本件清算条項は、原告と事故の相手方との間で、本件和解条項に定める原告の過失をしんしゃくした後の、事故の相手方の原告に対する損害賠償債務と原告の事故の相手方車両の所有者に対する損害賠償債務以外に、債権債務がないことを確認するものにとどまり、それを超えて、原告が事故の相手方らに対し原告の過失をしんしゃくした後の本件交通事故に係る損害賠償請求権(事故の相手方ら負担部分)の全部又は一部を積極的に放棄したものと解することは困難であるとしています。

よって、本件放棄条項及び本件清算条項は、「受給権者が損害賠償請求権の全部又は一部を放棄した場合」に該当しないと結論づけています。