判例タイムズ1510号などで紹介された最高裁判決です(最高裁令和5年1月30日判決)。
本件は,ネットの掲示板の書き込みにつついての発信者情報の開示請求の事案ですが,当時の特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律4条1項は、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者は、所定の要件に該当するときに限り、当該特定電気通信の用に供される特定電気通信設備を用いる特定電気通信役務提供者に対し、その保有する当該権利の侵害に係る発信者情報(氏名、住所その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるものをいう。)の開示を請求することができると規定しており,法4条1項の委任を受けて、省令(平成14年総務省令第57号。令和4年総務省令第39号により廃止。)は、発信者情報として発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名又は名称、これらの者の住所等を定めていたところ、令和2年8月31日施行の改正省令により、発信者情報に発信者の電話番号を追加する旨の改正がされたところ,本件は改正前の事案であったことから,改正省令の施行後に発信者の電話番号の開示を請求することの可否が争点となりました。
原審が,改正省令の施行前に特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が、上記施行後に当該権利の侵害に係る発信者情報として発信者の電話番号(改正後省令3号)の開示を請求することができると解することは、通信の秘密や表現の自由という発信者の重大な権利利益を侵害するものというべきであるから、改正省令の附則に改正後省令の遡及適用を許容する根拠となり得る規定がない以上、許されないとしたのに対し,最高裁は次のとおり説示して開示を肯定しています。
・法4条1項は、所定の要件の下に、特定電気通信による情報の流通によって自己の権利を侵害されたとする者が開示関係役務提供者に対して当該権利の侵害に係る発信者情報の開示を請求することができる旨を規定するものであって、平成14年5月27日の法の施行から令和3年法律第27号(令和4年10月1日施行)による改正までの間、改正されていない。本件省令は、法4条1項の委任を受けて、改正前省令では、発信者情報として発信者その他侵害情報の送信に係る者の氏名、住所等を定めていたところ、改正省令により発信者情報に発信者の電話番号を追加する旨の改正がされたが、改正省令その他の法令において、改正省令の施行前にされた情報の流通による権利の侵害に係る発信者情報の開示の請求について改正後省令の規定の適用を排除し、改正前省令の定めるところによる旨の経過措置等の規定は置かれなかった。そうすると、上記施行後にされた法4条1項に基づく発信者情報の開示の請求については、権利の侵害に係る情報の流通の時期にかかわらず、改正後省令の規定が適用されるというべきである。
・そして、法4条1項が同項による開示の請求の対象となる情報を総務省令で定めることとした趣旨は、情報通信を取り巻く技術の進歩や社会環境の変化等により開示関係役務提供者の保有する発信者の特定に資する情報の内容や範囲が変わり得るため、総務省令の改正による機動的な対応を可能とすることにあると解され、改正省令による本件省令の改正は、上記趣旨に従い、発信者情報に発信者の電話番号(改正後省令3号)を追加するものにとどまることからすれば、法4条1項及び改正後省令3号の解釈として、改正省令の施行後にされた情報の流通による権利の侵害に限り、発信者の電話番号が発信者情報として開示の請求の対象に含まれることになると解することはできない。