判例時報2559号で紹介された裁判例です(東京地裁令和4年3月23日判決)。

 

 

本件の概要は,袋地に建つ建物の所有者が行動に出るための通路として使用されている隣地の所有者に対して,建物の建て替えのための工事車両の通行や工事に支障となる電柱の撤去の承諾,ガス管の設置工事についての妨害禁止を求め縦認められたという事案です。

 

1 争点(1)(本件工事1に係る工事車両及び工事関係者の通行のための本件土地部分の使用に対する妨害禁止請求の可否)について
  (1) 本件道路位置指定の効力について
   ア 本件道路位置指定は,昭和27年7月頃に作成された道路位置指定申請図(甲20,乙6)に係る申請(本件道路位置指定申請)に基づき,同年8月18日になされたものと認められる。上記申請図には,「申請人住所氏名」欄に亡Bの当時の住所及び氏名が記載されており,また,121番2の土地を所有していた同人のほか亡Cを含む指定を受けようとする道路の敷地となる土地の所有者ないし使用権者の承諾を示す署名捺印がなされている。これらの事実によれば,本件道路位置指定は,亡Bの申請に基づいて有効に成立したものと認められる。
   イ これに対し,被告らは,①本件道路位置指定申請は,亡C所有の家屋から公道に出入りすることを目的としたものであり,亡Bは,当時,本件道路位置指定申請及びこれに基づく同年8月の本件道路位置指定の存在自体,認識していなかった,②道路位置指定申請図(甲20,乙6)は,亡B名下の印影がいわゆる三文判を押捺したものであることや手書き部分の筆跡が全て同一人物のものとみられることに鑑みると,亡Bの承諾を得て作成されたものとはいえない,③同人は,昭和48年ないし昭和49年頃に初めて本件道路位置指定の事実を知り,同年10月,亡Aほか2名から,20年後に本件道路位置指定申請を取り下げる際には異議なく了承する旨の念書(乙2ないし4)を取得したとして,本件道路位置指定は,亡Bの承諾を欠き,無効である旨主張する。
 しかし,上記①に関していえば,昭和27年当時施行されていた建築基準法施行規則8条において,特定行政庁は,道路の位置を指定した場合にその旨を公告し,かつ,申請者に通知する旨が規定されているところ,本件道路位置指定は,同年10月2日に告示されたものと認められる(甲20)。この点に鑑みると,上記申請図中の「申請人住所氏名」欄に記載された亡Bに対し,上記告示と近い時期に,上記規則に則って本件道路位置指定が通知されたものと推認することができる。しかも,亡Bは,平成3年11月21日付けで,亡Aに対し,本件土地部分に設けられたものとみられる排水設備の設置工事代金につき,自身が3分の2を,亡Aと当時136番6の土地及び本件建物2を所有していたD(甲5)が3分の1を負担することとして,それぞれの負担額を計算して知らせたことが認められる(甲11)。このことからすると,亡Bは,当時,本件土地部分を,自身のみならず本件土地部分に隣接する土地の所有者らとの共用設備の用にも供していたことが明らかである。
 これらの点に鑑みれば,亡Bにおいて,昭和27年当時,本件道路位置指定申請及びこれに基づく同年8月の本件道路位置指定の存在を認識していなかったとは考え難い。
 次に,上記②については,被告ら指摘に係る上記申請図中の亡Bの印影や筆跡の状況に鑑みると,亡B以外の者が上記申請図記載事項を記入し,亡B名下の押印をした可能性はあるものの,同人の委託に基づく代筆,代印とみる余地もあるから,上記の印影や筆跡の状況から直ちに上記申請図が亡Bに無断で作成されたという事実を推認することはできない。
 さらに,上記③については,亡Bが昭和27年10月2日にされた上記告示と近い時期に本件道路位置指定の通知を受けたと推認されることや被告ら指摘に係る念書(乙2ないし4)が作成された後に本件土地部分に設置された共用設備の費用負担を亡Aらに求めていることに照らすと,亡Bが,自身が申請した本件道路位置指定につき,事後的に何らかの理由で将来的に本件道路位置指定を解消したいと考えて取得したものとみることができ,必ずしも本件道路位置指定が亡Bに無断でなされたことを示すものとはいえない。
 以上によれば,本件道路位置指定について亡Bの承諾が欠けるとは認められず,被告らの上記主張を採用することはできない。
 (2) 原告らの本件道路位置指定に基づく本件土地部分の通行権について
   ア 建築基準法42条1項5号の規定による位置の指定(道路位置指定)を受け現実に開設されている道路を通行することについて日常生活上不可欠の利益を有する者は,同道路の通行をその敷地の所有者によって妨害され,又は妨害されるおそれがあるときは,敷地所有者が同通行を受忍することによって通行者の通行利益を上回る著しい損害を被るなどの特段の事情のない限り,敷地所有者に対して同妨害行為の排除及び将来の妨害行為の禁止を求める権利(人格権的権利)を有するものというべきである(最高裁平成9年12月18日第一小法廷判決・民集51巻10号4241頁参照)。
 参加人Zが所有する本件建物1は,昭和50年6月10日に新築された木造瓦葺2階建ての建物(甲4の2,21の3),原告X1が所有する本件建物2は,同年2月11日に新築された木造瓦葺陸屋根2階建ての建物(甲5の2)であり,いずれも築年数及び構造自体から,かなり老朽化していることが推認されるものである。そして,令和2年10月12日に2012年改訂版「木造住宅の耐震診断と補強方法」一般財団法人日本建築防災協会・国土交通大臣指定耐震改修支援センター発行の中の「一般診断法」に準拠して本件各建物の耐震判定を行った木造建築物耐震診断報告書(甲24)によれば,総合評価(建築基準法の想定する大地震動での倒壊の可能性)につき,評点1.5以上の判定は「倒壊しない」,評点1.0以上~1.5未満の判定は「一応倒壊しない」,評点0.7以上~1.0未満の判定は「倒壊する可能性がある」,評点0.7未満の判定は「倒壊する可能性が高い」とされているところ,本件建物1の評点は0.20,本件建物2の評点は0.39であり,いずれも倒壊する可能性が相当に高いものということができ,本件建物1については,「1階床に水漏れ報告有り。土台に腐食の恐れ有り。」との注意事項が指摘されている。現に,本件各建物のいずれにも複数箇所に目視可能な壁の亀裂が見られ,特に本件建物2においては以前の地震の影響により壁面の一部が崩落した箇所も存在する(甲29)。
 本件各建物には,耐震性に深刻な問題があり,地震発生時に倒壊して居住者の生命,身体を危険にさらすおそれが相当に高いものということができる。したがって,本件各建物を建て替えることは,原告らの居住継続のために必須であるといえる。
 そして,本件建物1の敷地である136番4の土地及び136番5の土地,本件建物2の敷地である136番6の土地は,いずれも公道に通じない袋地であって,本件土地部分が公道につながる唯一の道路であることから(上記第2の1(2)),本件各建物の建替え工事を遂行するためには,明らかに,同工事車両及び工事関係者が本件土地部分を通行のために使用することが不可欠である。
 これらの点に鑑みると,原告らは,本件工事1に係る工事車両及び工事関係者が本件土地部分を通行のために使用することにつき,日常生活上不可欠の利益を有する者に該当する。
 他方において,本件工事1は,工期として解体工事約1か月,建築工事約5か月の合計6か月間が見込まれ(甲27),コロナウイルスの影響等による遅延の可能性はあるものの,不合理に長期にわたるものとはいえない。また,本件工事1は,個人の住宅の建替えであり,高層マンションや商業施設等の建築と異なり,工事内容及び規模もそれほど大がかりなものではない(甲27)。加えて,本件各建物には上記のとおり耐震性に深刻な問題があることに鑑みると,地震発生時の倒壊により被告らを含む周辺地の利用者の生命,身体をも危険にさらす事態を招く可能性も否定できない。本件各建物を建て替える本件工事1は,単に原告らの個人的利益にとどまらず,被告らの所有地を含む周辺地域の安全確保の観点からも必要なものということができる。建築基準法42条1項5号所定の道路位置指定は,通常,災害時の避難路や消防活動の場の確保等の市街地の安全確保を趣旨に含む同法43条所定の接道義務を充足するためになされるものであるから,本件道路位置指定を受けた道路の範囲に含まれる本件土地部分において,上記のとおり周辺地域の安全確保の観点からも必要な本件工事1に係る使用を認めることは,同法の趣旨にかなうものともいうことができる。
 これらの点に鑑みると,被告らにおいて,本件工事1に係る工事車両及び工事関係者が本件土地部分を通行のために使用することを受忍することによって,上記使用による利益を上回る著しい損害を被るということはできない。
 以上に加え,被告らは,本件土地部分の上記使用に反対の意向を示していることから(甲28,30,乙9,脱退原告,被告Y1),上記使用を妨害するおそれがあり,原告らは,被告らに対し,上記使用に対する妨害禁止を請求する人格的権利を有するものと認められる。
 

2 争点(2)(本件工事2に対する妨害禁止請求の可否)について
  (1) 民法209条以下の相隣関係の規定について
 隣接する複数の土地につき,各土地の所有権に基づく利用を全面的に認めると,例えば袋地が外界との交通を完全に遮断されて事実上利用できなくなるなど,実質において所有権の機能が損なわれる事態が生じ得る。民法は,このような事態を避けて隣接する各土地がそれぞれしかるべく利用されるようにするために,隣接地間の利用を調節する趣旨で同法209条以下の相隣関係の規定を設けた。同規定のうち同法220条は人工的排水のための隣地利用を認め,同法221条は通水用工作物につき,その所在地を問わずすなわち他人の所有地上にある物も含め使用を認めたものである。
 これらの規定は,同法制定当時にも日常生活上不可欠なライフラインとして存在した水に関し,特に井戸など敷地内の設備によって処理することが難しい人工的排水や通水につき,上記利用の調節に基づく当然の互譲として,他人の所有地の利用や同地上にある設備の使用を認めた趣旨と解される。
 上記趣旨に鑑みると,民法は,人工的排水や通水に限らず,上水道のための導管の設置や,また,ガスや電気など水以外の日常生活上不可欠なライフラインの導管の設置のために,他人所有の隣接地を利用する必要があれば,上記の当然の互譲として同利用を認める趣旨と解することができる。そして,下水道法11条1項が,公共下水道の共用が開始された場合(同法10条)において他人の土地に排水設備を設置することなどを認めていることに鑑みると,民法は,他人所有の隣接地上の導管の使用にとどまらず,同地上に導管を設置することも許容するものと考えられる。
 以上によれば,民法220条及び221条の趣旨の類推により,日常生活上不可欠なライフラインであるガスの導管設置のために,同設置場所を他人所有の隣地とすることも含め隣地使用をすることができる権利(導管設置権)が認められるものと解される。ただし,上記導管設置権は,当該隣地の所有権の制限を伴うことに鑑み,①当該他人所有の隣地に導管を設置しなければガスの供給を受けることができないこと,②導管を設置する場所及び方法は,導管の設置のために必要かつ合理的であり,当該他人所有の隣地のために損害が最も少ないものであること(同法220条参照)が要件となるものと考える。
  (2) 本件における導管設置権の成否
 上記のとおり,本件各建物の敷地である136番4,136番5及び136番6の各土地は,いずれも公道に通じない袋地であって,現状では本件土地部分が公道につながる唯一の道路であることから,被告ら所有の本件土地部分に導管を設置しなければ,本件各建物においてガスの供給を受けることができなくなる。そして,証拠(甲9,15の1・2,26,27)及び弁論の全趣旨によれば,本件工事2は,本件土地部分を縦(南北方向)3.5m,横(東西方向)1m,深度1mまでの範囲で掘削して既存街灯柱及び既存ガス管を撤去し,新設ガス管を埋設した上で上記掘削部分を埋め戻して原状回復をするものであり,予定工期は1日である。このように掘削範囲が限定されており,予定工期も1日という比較的短期間にとどまることに鑑みると,本件工事2は,本件土地部分のために損害が最も少ないものと推認することができる。
 したがって,原告らは,本件工事2によって新設ガス管を本件土地部分に設置することにつき,民法220条及び221条の趣旨の類推により導管設置権を有するものと認められる。なお,既存ガス管の撤去及び掘削予定地上にある既存街灯柱の撤去も,新設ガス管の設置と一体を成す作業とみることができることから,上記導管設置権に基づいて認められるものと解され,被告らにおいて上記各撤去を承諾しないことは,民法220条及び221条の趣旨に鑑み,信義則上,許されないものといえる。
 以上に加え,被告らは,本件工事2の実施に反対の意向を示していることから(甲28,30,乙9,脱退原告,被告Y1),本件工事2を妨害するおそれがあり,原告らは,被告らに対し,民法220条及び221条の趣旨の類推により,本件工事2に対する妨害禁止を請求することができるものと解される。
 

 

3 争点(3)(本件電柱の撤去の承諾請求及び同撤去のための本件工事3に対する妨害禁止請求の可否)について
  (1) 本件電柱の撤去及び同撤去のための工事について
 本件電柱は,本件土地部分のうち,参加人Z所有の136番4の土地及び原告X1所有の136番6の土地と接する別紙図面1のX1・X2を直線で結んだ線上の中央北寄りの地点のL字溝上に存在しており(上記第2の1(2)イ),その電線等が本件各建物の建替え工事である本件工事1に係る工事車両の通行や作業に支障を生じさせるものと考えられる(脱退原告)。また,本件電柱は,本件各建物の解体後に新築する予定の建物の出入口付近に当たる場所に現存しており(脱退原告),そのままでは上記建物への出入りの妨げとなり得る。
 したがって,本件工事1の実施に当たり,上記のとおり本件電柱が工事車両の通行等に支障を生じさせることや本件工事により新築する建物への出入りを妨げることを防ぐためには,本件電柱を撤去する必要がある。本件電柱は,東京電力が所有する物であるから,撤去及びそのための工事も,同社が本件工事1を行う原告らの委託を受けて実施することとなる。
 しかるところ,上記1(2)のとおり,本件各建物の建替え工事である本件工事1は原告らの居住継続のために必須であって,原告らが,本件工事1に係る工事車両及び工事関係者が本件土地部分を通行のために使用することにつき,日常生活上不可欠の利益を有する者として,被告らに対する上記使用に対する妨害禁止を請求する人格的権利を有している。
 この点に加え,隣接する各土地がそれぞれしかるべく利用されるようにするために隣接地間の利用を調節するという民法209条以下の相隣関係の規定の趣旨(上記2(1))を併せ鑑みると,被告らにおいて,上記のとおり本件工事1の実施に当たり必要となる東京電力による本件電柱の撤去及びそのための本件工事3の実施につき承諾を拒否することは,上記の建替え工事を妨害する行為に他ならず,信義則上許されないものといえる。
 以上に加え,被告らは,本件電柱の撤去及び同撤去のための本件工事3の実施に反対の意向を示していることから(甲28,30,乙9,脱退原告,被告Y1),本件工事3を妨害するおそれがあり,原告らは,被告らに対し,上記相隣関係の規定の趣旨に鑑み,信義則を根拠として,東京電力に本件電柱を撤去させることにつき承諾を求めるとともに,同社が上記撤去のために本件工事3を行うことに対する妨害禁止を請求することができるというべきである。