判例時報2559号で紹介された裁判例です(名古屋高裁令和4年2月15日判決)。

 

 

本件は,強盗致傷罪の被疑事実で緊急逮捕されて愛知県内の警察署の留置施設に留置されていた本件被疑者(グレートブリテン及び北アイルランド連合王国の国籍 英語を使用)と初めて接見し、翌日、その国選弁護人に選任された弁護士が,接見の際、後に差し入れるノートに取調べの内容を記載し、弁護人との接見に際してはそれを持参してその内容を弁護人に見せるよう助言し,接見の終了後、コクヨ製B5サイズの「Campus」と表示されたノートの表紙に黒色油性マジックペンで「弁護人との接見用」と手書きで書き込んだノート(本件ノート)を本件被疑者に差し入れたところ,留置担当官が、本件ノートの内容を確認し(本件抗議前確認)、さらに、弁護人による抗議を受けた後にも本件ノートの内容を確認したほか(本件各確認)、本件被疑者に対し、本件ノートに英語でメモをすることを禁止し(本件英語禁止告知)、本件ノートの英語での書込みについて、日本語のローマ字表記に転記させた上、英語による書込み部分を黒塗りにするか、破棄するよう求めた(本件破棄要請)ことが違法であると判断された事案です。

 

 

第一審判決,控訴審判決とも本件の留置担当官の行為を違法と認めて弁護士による慰謝料請求を認容しています(認容額合計20万円)。

以下第一審判決の説示の概要です。

 

・本件各確認の違法性(争点1)について
 刑事収容施設法212条1項は,留置担当官は,留置施設の規律及び秩序を維持するため必要がある場合には,被留置者について,その所持品を検査することができると規定しているところ,その趣旨は,留置施設の規律及び秩序を害する事態(逃走,凶器を用いた殺傷事案,不正物品の製作・授受等)の発生を未然に防止することにあると解される。そして,このような規定の趣旨からすれば,被留置者の所持品が文書である場合には,留置担当官は,被留置者以外の者の所持品に対する検査とは異なり,文書の内容の検査,すなわち,留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる記載(例えば,他の被留置者の連絡先,逃走・暴動の計画に関する記載等)の有無の検査を行うことも許されると解される(同条3項,4項参照)。
 ところで,刑事訴訟法39条1項が定める被疑者と弁護人等との接見交通権及び秘密交通権は,憲法34条の保障に由来し,身体の拘束を受けている被疑者が弁護人等と相談し,その助言を受けるなど弁護人等から援助を受けるための基本的権利に属するものである(最高裁平成11年3月24日大法廷判決・民集53巻3号514頁参照)。そして,被疑者である被留置者が,弁護人等との接見に備えて取調べの内容や疑問点,意見等を記載し,あるいは接見の内容を記載した文書(以下,便宜的に「被疑者ノート」ということがある。)を作成することは,接見行為そのものではないものの,面会時における口頭の意思疎通を補完し,又はこれと一体となって弁護人等の援助の内容となるものである。
 このような接見交通権及び秘密交通権の重要性,被疑者ノートの性質に照らせば,刑事収容施設法212条1項に基づき留置担当官が被留置者の所持品を検査する場合であっても,その対象が被疑者ノートである場合には,被疑者ノートの秘密の保護のための可能な限りの配慮をすることが職務上義務付けられていると解するのが相当である。

 

 検討すると,被疑者ノートは,それ以外の文書と同様に,被留置者によって留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる記載がされる可能性があり,そのような記載の有無を確認するために,被疑者ノートの内容の検査をする必要があることは否定できない。
 もっとも,留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる記載のうち,それが信書の発信等の方法で留置施設外の他人に伝達されることにより具体的な弊害が生じるもの(例えば,罪証隠滅の指示や逃走の協力要請等)については,弁護人等に発信される場合には,発信の相手方の弁護人等による弊害の発生阻止が期待でき(弁護人等との接見においても罪証隠滅の指示等がなされる抽象的な可能性はあるものの,秘密交通権が保障されている。),弁護人等以外の第三者に発信される場合には,発信時の検査及びそれに伴う発信差止め等の措置(刑事収容施設法222条,224条)による弊害の発生阻止が期待できる。
 また,留置施設外の者に伝達されなくても記載されていること自体が問題となるもの(例えば,逃走・自殺・暴動の計画等)については,逃走や自殺等を企図する被留置者が,必ずしもその所持する被疑者ノート中に逃走や自殺等を計画する記載をするとは限らないことからすれば,内容の検査をすれば,必ず弊害の発生を阻止することができるという関係にはない。仮に被疑者ノートに逃走や自殺等を計画する記載をすることがあり得るとしても,被留置者の言動等にはそうした計画の徴表がなくて,被疑者ノートの内容を検査しなければ弊害の発生を阻止し得ない場合は極めて限定的なものと考えられる上,被疑者ノートは弁護人等が接見時点においてその内容を確認することが想定されているから(乙10),その際に弁護人等によって逃走や自殺等の計画を認識することが可能である。このようにみると,結局,被疑者ノートの内容の検査をする必要性は,高度であるとはいえない。
 他方で,上記のような被疑者ノートの性質からすれば,その内容の検査をすること自体が,秘密交通権の侵害になり得るものである。そして,被疑者ノートの内容が留置担当官,ひいては捜査関係者に知られる可能性があるというのでは,被留置者及び弁護人等において,十分に防御権又は弁護権を行使することができないこととなるから,内容の検査により被留置者及び弁護人等が受ける不利益の程度は大きい。
 以上によれば,被疑者ノートの内容の検査により生じる不利益は大きい一方,留置担当官による内容の検査は,留置施設の規律及び秩序を害するわずかな可能性を捉えて実施されるものにすぎず,その必要性が必ずしも高いとはいえないから,秘密交通権を侵害してまで,内容の検査を優先させることは許されないというべきである。
 なお,秘密交通権は,被留置者と弁護人等の間の接見内容が第三者に知られないことを保障するものであるから,留置担当官が犯罪の捜査に従事することは禁じられているとしても(刑事収容施設法16条3項),留置担当官が被疑者ノートの内容の検査を行うことが秘密交通権の侵害に当たることに変わりはない。
 したがって,被留置者の所持品が被疑者ノートである場合には,被疑者ノートに対する刑事収容施設法212条1項の検査は,原則として検査対象文書が被疑者ノートに該当するかどうかを外形的に確認する限度で許容されるものであり,外形上,被疑者ノートに該当することが確認された場合には,被留置者の言動等から,留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項が記載されるおそれがあり,留置施設の規律及び秩序を維持するための高度の必要性が認められるなどの特段の事情がない限り,内容の検査を行うことは国家賠償法1条1項の適用上違法となると解するのが相当である。
 

 これを本件についてみると,本件ノートは,原告がその表紙に「弁護人との接見用」と書き入れて本件被疑者に差し入れたものであるから,警察署留置担当官は,その外形からして,被疑者ノートに該当するものと確認することができた。そして,本件被疑者の動静,処遇等に関する申出の記録(乙1)によれば,本件被疑者の言動中に,逃走,自殺,通謀その他の罪証の隠滅等の徴表があるとはいえず(被告においても,こうした徴表の存在を具体的に指摘してはいない。),本件被疑者について,留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項を記載するおそれがあるなどの特段の事情があったとは認められない。

 

 

2 本件英語禁止告知の違法性(争点2)について
・刑事収容施設法には,被留置者が,所持品に外国語による記載をすることを禁じる旨の規定はない。むしろ,同法228条2項は,被留置者又はその信書の発受の相手方が国語に通じない場合その他相当と認める場合には,外国語による信書の発受を許すものとしており,外国語による信書の発受の前提として,被留置者が所持品に外国語による記載をすることを想定し,許容しているものと解するのが相当である。そうすると,留置担当官は,被留置者に対し,所持品に外国語による記載をすることを禁じることはできないというべきである。
 

 本件被疑者は,原告との接見の際に通訳人を介しており(前記前提事実⑵),令和元年11月16日に英語による記載の一部をローマ字表記に転記した際には,「文章が難しいので辞書を貸してください」と申し出て英和辞書を借りているから(乙5),日本語を一部理解することができたとしても,母国語の英語と比較すれば日本語との理解や表現の能力に相当程度の差異があり,英語の使用を禁じられることで,本件ノートに取調べの内容や疑問点,意見等を記載する上で一定程度の支障を生じるものと認められる(本件被疑者の陳述書(甲4ないし6)についても,本件被疑者は,通訳人ないし日本国籍を有する本件被疑者の妻の通訳によりその内容を確認している。)。
 

 したがって,本件被疑者において,本件ノートに記載する際に英語を用いる必要性,相当性があったものというべきである。
 以上によれば,昭和警察署留置担当官による本件英語禁止告知は,被留置者が所持品に外国語による記載をすることを禁じる法的根拠がないのに,これを禁じたものであり,違法である。

 

 

3 本件破棄要請の違法性(争点3)について
 上記1のとおり,本件ノートは,その外形から被疑者ノートに該当することが確認できるものであり,かつ,本件被疑者について,留置施設の規律及び秩序を害する行為の徴表となる事項を記載するおそれがあるなどの特段の事情があったとは認められない。
 したがって,昭和警察署留置担当官が,本件ノートの内容を検査して,その一部の破棄を求めた本件破棄要請は,職務上の法的義務に違反するものであり,違法である。
 なお,被告は,本件破棄要請が本件被疑者の任意の協力を求めたもので強制の契機を伴わないと主張するが,上記2⑶と同様に,留置担当官と被留置者である本件被疑者との関係性等に照らし,本件破棄要請が任意の協力を求めたにすぎないものであるとは認められない。