判例時報2543・2544合併号で紹介された裁判例です(東京地裁令和3年11月30日判決)。

 

 

本件は、子の親権者を母親と定めた上で離婚した後、調停に代わる審判によって定められた父親による子の監護の実施を妨げたことを理由として、父親から母親に対し損害賠償(慰謝料)の請求がされたという事案です。

 

 

多少敷衍して説明すると、本件において、親子3人はオーストラリアで生活していましたが、母親が子を連れて帰国し、父親からハーグ条約実施法に基づく返還請求がなされ、付随して離婚調停も申し立てられ、同調停において親権者を母親と定めて離婚することのほか、母親と父親が子を日本とオーストラリアでそれぞれ交替で看護するということが取り決められたところ、この取り決めに従わずに父親の監護権が侵害されたと主張されたというものです。

 

 

母親が父親により監護を拒否するようになったのは、父親の家族関係の変化を契機とし、子について次のような医師の診断書があったためと主張しました。

1)本児は分離不安障害,特定不能の身体表現性障害または特定不能の疼痛性障害を発症しており,薬物療法や遊戯療法,環境調整が必要であると考えられるが,薬物療法を行う適応はなく,環境調整が第一優先と考えられる。
 2)渡豪中に突然,実父以外の人物と同居生活を営まなければならなくなった家庭環境が本児にとって大きな心的負荷となっており,診察の結果や本児の発言から明らかである。
 3)本児の精神症状は,面会交流後や渡豪後に精神症状(具体的には足部の疼痛,退行)が出現,増悪している。
 4)実母に対しての分離不安があるため,実母から引き離すことは本児の精神症状の悪化や本児の不安や退行の増悪が懸念される。現行の面会交流や渡豪に関しては本児の精神症状が悪化するため,中止することが必須である。
 5)渡豪しての面会交流に関しては本児が自らの意志で渡豪を希望するまでは自粛させることを親権者である実母に求める。また,本児の健全な発達を育むために実父もこれに協力すること。
 6)なお,実父との日本国内での面会交流に関しては継続して良いと考えられるが,本児が自らの意志で実父が再婚した家族との面会を希望するまでは,再婚した家族との面会に関しては一切行ってはならない。


 

判決は、概要次のとおり説示して、子の福祉の観点から、渡豪の中止に正当事由があるということはできないから,母親の主張は,採用することができないと判断しています。

 まず,子の本件年末年始期間におけるスカイプでの様子からすると、子と父親又はBら(父親の新たなパートナーとその子たち)との関係に問題があることをうかがわせるものではなく,むしろ,母親から,父親の監護下がつらいとの前提にあるような同様の内容の質問を重ねられて明確な回答ができない様子のものが多いというべきである。そうすると,子の本件年末年始期間におけるスカイプでの様子は,母親の主張する正当事由を基礎づけるものとはいえず,母親が主張する子の帰国後の様子・状態についても,上記スカイプでの状況や,母親のBらへの嫌悪感が強いことを踏まえると,これを重視することは相当でないというべきである。
 また,医師による本件各意見書は,父親やBらからの情報を得ることなく,母親(母親は子の本件年末年始期間のスカイプでの様子を問題視し,Bに対して強い嫌悪感を有し,父親の家族関係の変化を理由として調停申立てをしているものである。)からの一方的な情報のみに基づくものであり(そのため,医師の診療録には,不正確又は偏りのある表現が見受けられる。),かつ,被告の影響下の状態にある子を診察した結果に基づくものであるから,その内容を重視することは相当ではない。
 さらに,母親は,本件7月渡豪の中止を通知した際に,父親に対し,日本での宿泊を伴う監護を実施することは問題ないと伝え,父親が実際に平成30年8月から9月にかけて日本において子と交流をしているものの、本件審判は「オーストラリアにて,長期の子の監護をする」と明確に定めているのであるから,上記事実は,被告の主張する正当事由を基礎づけるものということはできない。