判例時報2541号で紹介された裁判例です(大阪地裁令和4年1月20日判決)。
本件は,マンションの管理組合の管理者である原告が,社会福祉法人である被告に対し,被告が賃借したマンションの専有部分の建物をグループホームとして使用することは,区分所有者は専有部分を住宅として使用するものとし,他の用途に供してはならない旨を定めたマンションの管理規約の規定に違反し,建物の区分所有等に関する法律(区分所有法)6条3項が準用する同条1項所定の区分所有者の共同の利益に反する行為に該当するとして,同法57条4項が準用する同条1項に基づき,上記専有部分の建物をグループホーム事業の用に供する行為の停止を求めるとともに,上記管理規約によって定められた違約金の支払を求めたという事案です。
建物の区分所有等に関する法律
(区分所有者の権利義務等)
第6条 区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない。
2 区分所有者は、その専有部分又は共用部分を保存し、又は改良するため必要な範囲内において、他の区分所有者の専有部分又は自己の所有に属しない共用部分の使用を請求することができる。この場合において、他の区分所有者が損害を受けたときは、その償金を支払わなければならない。
3 第一項の規定は、区分所有者以外の専有部分の占有者(以下「占有者」という。)に準用する。
争点のうち,被告が本件各住戸をグループホームとして使用することが,区分所有者の共同の利益に反する行為に該当するかどうかについて,判決は次のとおり説示してこれを肯定しています。
⑴ 区分所有法は,区分所有者及び専有部分の占有者に対して,「建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない」と規定し(区分所有法6条1項,3項),これに違反した場合,他の区分所有者の全員は,区分所有者の共同の利益のため,行為の停止等を請求することができ,また,管理者等は,集会の決議に基づいて,訴訟の提起をすることができる(同法57条1項ないし4項)。
そして,区分所有者の共同の利益に反する行為に該当するかどうかは,当該行為の必要性の程度,これによって他の区分所有者が被る不利益の態様,程度等の諸般の事情を比較考量して決すべきものであると解するのが相当である。
⑵ これを本件についてみると,上記2のとおり,被告が本件各住戸をグループホームとして使用する行為は,本件管理規約12条1項の規定に違反するものである。本件管理規約は,建物又はその敷地若しくは附属施設の管理又は使用に関する区分所有者相互の利害調整のための共通規範として制定されたものである(区分所有法30条参照)から,本件管理規約に違反する行為は,共同の利益に反する行為に該当するか否かの考慮要素として重視されるべきである。
また,上記2のとおり,被告が本件各住戸をグループホームとして使用することにより,本件管理組合は,法令に基づき,本件マンションにつき防火対象物点検義務を負うとともに,グループホームの用途に供されている本件各住戸への自動火災報知設備の設置義務を負うこととなり,管理業務の負担を余儀なくされている。防火対象物点検の費用は,1年当たり51万8400円が見込まれており(認定事実⑶オ),相当に高額である。本件管理組合は,現在に至るまで,共同住宅特例の適用を受け,10階以下の部分の消火器具の設置義務,屋内消火栓設備,屋外消火栓設備,動力消防ポンプ設備の設置義務等を免れているが,将来にわたり,本件マンション内の消防用設備の設置の要否につき,福祉施設等の住戸利用施設の増減にかかわらず,共同住宅特例の適用において,このような住戸利用施設が存在しない場合と同等の取扱いがされることが確実であることを認めるに足りる証拠はない。こうした負担が現実化した場合には,本件管理組合の経済的負担等に影響を及ぼすことは明らかであるし,こうした負担が現実化しない場合であっても,本件管理組合は,福祉施設等の住戸利用施設が存在する限り,こうした負担が現実化する場合に備えた対応を検討しなければならないから,他の区分所有者が被る不利益の態様や程度を軽視することはできない。
これに対し,被告が本件各住戸で営む障害者グループホーム事業は,障害を有する利用者に共同生活の場所を提供するという公益性の高い事業であることは否定できない。しかしながら,被告が本件管理規約12条1項の規定に違反して本件各住戸において事業を営むことによる利益が,他の区分所有者が被る不利益よりも優先されるとは認められない。なお,被告は,本件マンション以外のマンション等においてもグループホームを経営していることが認められる(証人C・16頁)から,被告が本件各住戸以外の建物においてグループホームを経営することができないとはいえない。
以上のとおり,被告が本件各住戸をグループホームとして使用する必要性の程度,これによって他の区分所有者が被る不利益の態様,程度等の諸事情に鑑みれば,被告が本件各住戸をグループホームとして使用する行為は,区分所有法6条3項により準用される同条1項の「区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当すると認められる。したがって,原告は,被告に対し,区分所有法57条4項により準用される同条1項に基づき,本件各部屋をグループホームとしての使用する行為の停止を求めることができる。
また,本件では,本件管理組合の被告に対するグループホーム事業の停止請求及び本件決議が,障害者差別解消法8条1項の「不当な差別的取扱い」及び障害者基本法4条1項の「障害を理由」とする「差別」に該当し,違法無効であるかどうかについても争点となりましたが,判決は次のとおり説示してこれを否定しています。
⑴ 障害者差別解消法8条1項及び障害者基本法4条1項の「差別」とは,いずれも,障害を理由とする差別の解消を目的とする上記各法律の目的等に鑑み,不利益取扱い一般を指すものと解される。また,障害者基本法4条1項の「障害を理由」とする行為かどうかについては,少なくとも,障害ないしこれに随伴する症状,特性等が存在せず,又は不利益取扱いの行為者がこれらを認識していなかったとすれば,不利益な取扱いが行われていなかったであろうという関係が認められる場合には,これに当たるものと解するのが相当である。
⑵ 本件管理組合は,被告が本件各住戸をグループホームとして使用することが本件管理規約12条1項に違反する行為であることを理由として,被告に対し,本件各住戸をグループホームとして使用する行為の停止を求めている。上記請求は,被告による本件各住戸の使用の態様が同項規定に違反していることを理由とするものであることからすれば,上記請求が障害者基本法4条1項の障害を理由とする不利益な取扱いに当たるかどうかは,障害を有しない者が本件管理規約12条1項の規定に違反した場合における本件管理組合の対応と比較して検討するのが相当である。
障害を有しない者が本件管理規約12条1項の規定に違反した場合における本件管理組合の対応についてみると,本件全証拠に照らしても,障害を有しない区分所有者又は占有者が専有部分を住宅以外の用途に供した場合であれば,本件管理組合が当該区分所有者又は当該占有者に対して当該専有部分を住宅以外の用途に供する行為の停止を求めなかった事情が存在したとは認められない。そうすると,本件管理組合が被告に対して本件各住戸をグループホームとして使用する行為の停止を求めることは,障害を理由とする不利益な取扱いであるとは認められない。
以上によれば,本件管理組合の被告に対するグループホーム事業の停止請求及び本件決議が,障害者差別解消法8条1項の「不当な差別的取扱い」や障害者基本法4条1項の「障害を理由」とする「差別」に該当し,違法無効であるという被告の主張は,その余について検討するまでもなく,理由がない。