判例タイムズ1503号で紹介された裁判例です(東京高裁令和2年9月3日決定)。

 

 

本件は米国在住の母親から父親に対するハーグ場やウ実施法に基づく引渡し請求がされたものですが,下記のような経緯により,子がアメリカと日本を相互に往来していたことから,令和元年11月の本件留置の直前の子の常居所地がどの国であるかが問題となりました。

 

 

・母親及び父親は,いずれも米国で出生し,米国籍を有する。父母は,平成19年,婚姻し,母親と前夫との間の子と共に3名で米国において同居生活を始めた。

・婚姻後,平成21年に長男,平成24年に二男をもうけた(いずれも米国籍)。
・父親及び本件子らは,平成30年11月,短期滞在の在留資格により米国から日本に入国した(1回目の来日)。

・父親及び本件子らは,平成31年,渡米したが,同月28日,父親は高度専門職として,本件子らは帯同する家族として,いずれも5年間の在留資格を取得して日本に入国した(2回目の来日)。

・その後,父親及び本件子らは,令和元年2月,渡米し,同年8月,再度日本に入国し(3回目の来日),引き続き日本に滞在している。

・この間,母親は,米国に居住したまま,短期間の来日を繰り返した。
・本件子らは,令和元年11月以降,父親によって米国へ渡航しない状態が継続した(本件留置)。

 

 

原審(家裁),高裁ともに,本件におけるこの常居所地はアメリカではなく日本であると判断し,母親の申立てを却下しています。

 

【判断要旨】(抗告人=母親 相手方=父親)

・常居所地とは,留置の開始の直前の時点で,相当長期間にわたって居住していた場所を指すものであるから,更にそれ以前に居住していた場所に関する居住年数や居住状況との比較が直接意味を持つものではないと解されるし,居住目的についても,漠然とした内心の意図にとどまるようなものを殊更に問題とするのは相当でない。そして,引用に係る原決定「理由」第3の2(2)で説示したとおり,本件留置に先立ち,約1年間,日本国内の居宅で相手方と一緒に居住して,在住資格の取得,住民登録,保険加入等を経ていたことや,米国の小学校の在籍登録を抹消の上,日本国内の小学校に通学していたこと等の客観的な事実関係に鑑みれば,国籍が米国であることや日本語能力を有しないこと等を踏まえても,本件留置の直前の時点において,本件子らは,日本国と密接な結びつきを有し,社会環境及び家庭環境に統合していたということができる。抗告人の主張する本件子らの不登校や心身の不調の点に関しては,二男については,そのような事情を認めるに足りる資料は存在しないし,長男については,本件留置後の状態を含めても深刻な状況に至っているとは認め難い上(引用に係る原決定「理由」第3の1(5)エ及びキ(いずれも補正後のもの)参照),長男が米国の学校生活に必ずしも順応していなかったことや,本人も,日本の学校の方が良く,日本での生活を希望する旨述べていること等にも照らすと,日本という場所的環境への不適合によって心身の不調が生じているものとは認められないから,結論を左右するものとはいえない。
・抗告人の依拠する米国連邦最高裁判決やEU司法裁判所の先決裁定の内容を見ても,具体的な諸事情に鑑みて,子の社会環境及び家庭環境への統合の有無・程度によって,子の常居所地を認定するのを原則としつつ,とりわけ子が乳幼児である場合には,子の統合の程度を測る上で,子の主たる養育者である親の事情や意思が補充的に参照されるといった解釈が示されているのであって(甲73,74),ハーグ条約の概念でもある「常居所」について,締約国間で統一的に解釈すべき必要性に鑑みれば,我が国においても,基本的には同様の方向で解釈すべきである。したがって,本件子らの年齢等に鑑みれば,本件において,殊更に親の意思や合意の内容を重視するのは相当でない上,抗告人の主張する合意(抗告人は,本件条件とは異なる合意である旨主張するが,実質的な相違があるとは解されない。)についても,相手方が日本への滞在に条件を付していたことは何らうかがえず,抗告人自身,本件条件とは矛盾する挙動を取っていたこと(引用に係る原決定「理由」第3の2(5)(補正後のもの)参照)に照らすと,そのような条件が両親の間で合意されていたとは認め難いから,本件子らの客観的な状況に反して,米国を常居所地国と認めることはできない。

 

 

子の常居所地国がフィリピンであると認めることはできないとして子の返還申立てを却下した事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

常居所地国として認められないして子の返還請求を否定した事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)