判例タイムズ1502号で紹介された裁判例です(東京高裁令和2年5月15日決定)。

 

 

ハーグ条約実施法に基づく子の返還命令に関して,子の常居所地国の認定について第一審と控訴審で判断が分かれた事例とてして下記の裁判例を紹介しましたが,本件も同様に,第一審判決が子の常居所地国がフィリピンにあると認定して返還を命じたのに対し,控訴審が子の常居所地国がフィリピンであると認めることはできないとして,子の返還申立てを却下しています。

 

 

常居所地国として認められないして子の返還請求を否定した事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

 

控訴審判決において,常居所とは,人が常時居住する場所で,単なる居所とは異なり,相当長期間にわたって居住する場所をいうものと解され,その認定に際しては,居住期間,居住目的,居住状況等の諸要素を総合的に勘案して,個別具体的に判断するのが相当であり,子が幼児の場合においても,子の常居所の獲得については,当該居所の定住に向けた両親の意図だけでなく,子の順応の程度等をも踏まえ判断するのが相当であるとした上で,下記のような事情を指摘して,常居所地国がフィリピンで会ったとする第一審判決の認定判断を否定しています。

・本件においては,抗告人及び相手方が本件子を連れて最初にフィリピンに渡航した平成29年12月24日から相手方が本件子を連れて日本に帰国した平成30年11月9日までの期間は約10か月半であり,このうちフィリピンに居住した期間は延べ6か月を超えるものであるが,抗告人,相手方及び本件子は,ビザを取らずにフィリピンに渡航し滞在していたため,30日という滞在期間の制限がある中で,フィリピンに一定期間滞在しながら,日本に帰国することや,E等の他国に滞在することを多数回繰り返していたこと,日本からフィリピンに渡航する際には,帰国便の予約をしていたことなどがそれぞれ認められ,フィリピンでの居住期間が,必ずしも持続的安定的なものであったとはいい難い

・抗告人及び相手方のフィリピンでの居住目的は,日本における納税義務を回避するために平成29年中に転出することや,フィリピンであれば物価が安いことから,家事や育児をメイド等に手伝ってもらうことができ,抗告人の子育ての負担を軽減し,産後の抗告人の骨休みを兼ねることができるということであり,実際,抗告人及び相手方は,平成29年12月24日,生後間もない本件子を連れてフィリピンに渡航し,家事や育児においては,メイド又はシッターを雇うこともあったものの,他方において,相手方との間で金銭的なトラブルとなったことで,メイド又はシッターが辞めたこともあるなど,相手方においては,抗告人の負担を軽減するという前記居住目的に十分に配慮していたともいい難い。
・居住状況についてみるに,抗告人及び相手方は,フィリピンに渡航して間もなく,住居となる本件コンドミニアムを購入し,内装工事の実施や家具の搬入を経て,海外への出国及びフィリピンへの再入国を繰り返しながら相応に継続して本件コンドミニアムに居住していたものであるが,他方において,相手方は,本件子とともにフィリピンに渡航した後も,Dの本件マンションを維持して家族の荷物を置いたままとして,日本に帰国した際の抗告人,相手方及び本件子の住居として使用し,併せて,会社の事務所及び従業員の居住先としても利用していたものである。仕事面でも,相手方は,フィリピン滞在中,毎朝,日本にいるI株式会社の従業員にテレビ電話等で連絡を取り,指示等をしていたものであり,同年8月に同社が解散した後も,新たに設立されたH株式会社にI株式会社の事業の一部を無償譲渡して承継させて,日本における事業を継続していたこと,他方において,相手方は,フィリピンにおいては,自身が雇ったフィリピン人に対する金銭の貸付け以外に目立った営業活動はしていなかったことがそれぞれ認められる。
・本件子においても,平成29年12月24日のフィリピンへの渡航に伴い,一旦は,Dの本件マンションの住所から転出する届出をしたものの,平成30年2月10日に帰国した際には,本件マンションの住所に転入する届出を行い,同所で保健師の訪問を受けたり,前記Mで本件子の定期健康診査を受けたりし,同年6月以降は,Dから児童手当を受給していたものである。抗告人は,同月には,本件子とともにO所在の幼児教室を見学し入会を希望するようになったが,他方において,フィリピンでは,特段,本件子が通学する教室等を具体的に検討することはなかった。

・抗告人,相手方及び本件子のフィリピンでの居住期間,居住目的,居住状況等を考慮し,フィリピンでの定住に向けた抗告人及び相手方の意図のほか,本件子のフィリピンへの順応の程度等をも総合すると,抗告人,相手方及び本件子のフィリピンにおける居住は,ビザがなく,滞在期間30日の制限の中で,頻繁にフィリピンから移動することを余儀なくされていたものであり,滞在中も,相手方の抗告人に対する育児負担の軽減等に対する配慮が十分であったとはいい難く,相手方も,日本における住居及び会社の事務所を維持し,日本における事業を継続する一方,フィリピンにおいては特段の事業を行っていたものではなく,本件子も,平成30年2月10日以降は,Dに住民登録し,日本で定期健康診査や保健師の訪問,児童手当の支給を受け,幼児教室の見学等も行っていたのに対し,フィリピンにおいては,医療面や福祉面,教育面での関係性が生じていたものともいえないことからすると,抗告人及び相手方において,フィリピンで本件子の子育てを行うため定住する意向であったとか,本件子がフィリピンに十分に順応していたと認めるには足りないというべきである。