判例タイムズ1502号で紹介された裁判例です(大阪高裁令和3年5月6日判決)。

 

 

いわゆるハーグ条約実施法では,子が連れ去られた当時の常居所地国(法2条5号)に返還するというルールが定められていますが,常居所地国がいずれの国であったかということが問題となることがあります。

 

 

国際的な子の奪取の民事上の側面に関する条約の実施に関する法律

第2条 この法律において、次の各号に掲げる用語の意義は、当該各号に定めるところによる。
五 常居所地国 連れ去りの時又は留置の開始の直前に子が常居所を有していた国(当該国が条約の締約国であり、かつ、条約第三十九条第一項又は第四十条第一項の規定による宣言をしている場合にあっては、当該宣言により条約が適用される当該国の領域の一部又は領域内の地域)をいう。

 

本件は,日本国籍を有する女性(母)とオーストラリア国籍を有する男性(父)がSNSで知り合い連絡を取り合うようになり,父が来日して関係を持ったところ子ができ,オーストラリアに渡航して同国で出産したものの,その後子を連れて日本に帰国したという事案です(渡航から帰国まで43日間)。

第一審判決は,父母はオーストラリアで同居し,生まれてくる子をオーストラリアで養育する意思でオーストラリアにおける生活を開始しており,その後,母が子と共に日本に帰国し,日本で本件子を養育することについて,父との間で合意したような事情もないのであるから,本件留置の開始の直前に子が常居所を有していた国はオーストラリアであると認定し,子のオーストラリアへの返還を命じました。

 

 

これに対し,控訴審判決は,子の常居所地国に関する判断手法として米国連邦最高裁の近時の判例(MONASKY v. TAGLIERL事件についての米国連邦最高裁2020年2月25日判決)などを指摘し,子の常居所地国を認定するに当たっては,主として子の視点から,子の使用言語や通学,通園のほか地域活動への参加等による地域社会との繋がり,滞在期間,親の意思等の諸事情を総合的に判断して,子が滞在地の社会的環境に適応順化していたと認めることができるかを検討するのが相当とした上で,本件において,子が出国まで豪州に滞在したのは,わずか43日にすぎず,その間は,父母が親子教室に連れ出したことがあったことはうかがわれるものの,ほぼ本件居宅にいたものと認められ,子が豪州における地域社会と何らかの有意な繋がりを形成していたとは認め難く,子は,豪州国籍を取得したと認められ,豪州のメディケアにも加入していることがうかがわれるが,豪州国籍の取得は,同国で出生し父が豪州国籍を有していたことから自動的に与えられたものであるし,メディケアへの加入についても子の積極的関与によるものであったとは認められないこと,また,親の意思についてみても,父は,子が豪州で生活することをずっと望んでいることが認められ,また,母も,豪州に渡航した時点では,豪州で定住し出生してくる子も同国で養育する意思を有していたものと認められるものの,子が出生した時点では,母は,既にちちと一緒に豪州で生活するという意思は失っていたと認められ,子を豪州で養育する意思も失っていたものと認められることなどから,遅くとも子が出生した以降においては,父母が子を豪州で養育することにつき認識を共有していたとは認められないとし,オーストラリアが常居所地国とは認められないとして,子の返還請求を否定しています。