家庭の法と裁判41号で紹介された裁判例です(東京高裁令和2年9月29日判決)。

 

 

本件は、会社の経営者であった被相続人が、会社の全株式を共同経営者に遺贈する旨の公正証書遺言を作成するとともに、その後、2回にわたって合計役5300万円の贈与を行なったというものですが、贈与時点において意思能力がなかったものであり各贈与は無効であるとして相続人(長女)が提訴したというものです。

 

 

裁判所が認定している被相続人の生前の状況に関する時系列の概要は次のようなものです。

 

・平成21年・・・頭部CTに軽度の萎縮

・平成26年1月・・・転倒により怪我をして療養生活に入る

     2月・・・心不全により入院 長谷川式検査7点

     3月・・・会社の全株式を共同経営者に遺贈する旨の公正証書遺言の作成

     4月・・・要介護4 認知症高齢者の日常生活自立度は1(家庭内及び社会的にほぼ自立している) 主治医意見書につき短期 

         記憶・日常の意思決定を行うための認知能力・自分の医師の伝達能力につき「いくらか困難」とされているほか

         は問題なしとされていた。介護認定調査において、生年月日は答えられたが年齢は答えられなかった。同月の病 

         院間の診療情報提供書には認知症についての記載なし。

・平成27年2月・・・要介護2(前記自立度は変わらず)

     4月・・・3110万円の贈与(本件贈与)

     7月・・・同額送金

     10月・・2160万円の贈与(本件贈与)

・平成28年1月・・・同額送金

     2月・・・要介護2(前記自立度は変わらず)

     5月から7月にかけて・・・会社の業務を精力的にこなす。

     7月・・・交通事故により入院

     8月・・・長谷川式検査7点と6点

     9月・・・アルツハイマー型認知症の確定診断

・平成29年・・・死亡

 

長谷川式検査で7点程度というのは一般的には後見相当とされる点数ですが、この点について、裁判所は、あくまでも簡易検査でありその結果のみによって認知症の確定診断をしたり、重症度を判定したりすることは相当ではないとされていることを指摘し、認知症の中核症状である短期記憶、認知能力、意思伝達能力についてはほぼ問題ないとされていることや会社の業務を精力的に行なっていたことなどからすると、本件贈与がなされた時点における被相続人の認知症の程度としては中程度ではなく初期症状であったと認めるのが相当であるとしています。平成28年8月の検査結果についても前月の交通事故の影響により認知症の進行を乳速に早めた可能性があることなどが考えられるものとしています。

また、年齢が答えられなかったことについては、生年月日に加えて老齢に達した自らの年齢まであえて尋ねられることについて無意味ないし非礼と感じた心理の表れと捉えることができると評価しています。

 

 

上記の他、被相続人と長女の関係性などから贈与契約に至る経緯や動機に不自然な点がないことなどの事情を合わせ考慮した上で、本件各贈与契約の時点で被相続人が意思能力を欠いていたことはなかったとして相続人からの請求を退けています。

 

 

相続分の譲渡契約につき,高齢者の意思能力の欠如を理由して無効と判断した事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

高齢者による不動産の売買契約が意思能力の欠如を理由として無効とされた事例 | 弁護士江木大輔のブログ (ameblo.jp)

 

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