判例タイムズ1498号などで紹介された最高裁判決です(最高裁令和4年2月15日判決)。

 

 

本件において,憲法21条1項(表現の自由)との適合性が問題となった大阪市のヘイトスピーチ規制条例の概要は次の通りです。


  ⑴ 本件条例2条1項柱書きは,本件条例においてヘイトスピーチとは,次のア~ウのいずれにも該当する表現活動をいう旨を規定する(以下,この表現活動を「条例ヘイトスピーチ」という。)。
   ア 次のいずれかを目的として行われるものであること((ウ)については,当該目的が明らかに認められるものであること。以下同じ。)(同項1号柱書き)
 (ア) 人種若しくは民族に係る特定の属性を有する個人又は当該個人により構成される集団(以下「特定人等」という。)を社会から排除すること(同号ア)
 (イ) 特定人等の権利又は自由を制限すること(同号イ)
 (ウ) 特定人等に対する憎悪若しくは差別の意識又は暴力をあおること(同号ウ)
   イ 表現の内容又は表現活動の態様が次のいずれかに該当すること(同項2号柱書き)
 (ア) 特定人等を相当程度侮蔑し又はひぼう中傷するものであること(同号ア)
 (イ) 特定人等(当該特定人等が集団であるときは,当該集団に属する個人の相当数。同号イにつき以下同じ。)に脅威を感じさせるものであること(同号イ)
   ウ 不特定多数の者が表現の内容を知り得る状態に置くような場所又は方法で行われるものであること(同項3号)
  ⑵ 本件条例5条1項柱書き本文は,市長は,次のア又はイの表現活動が条例ヘイトスピーチに該当すると認めるときは,事案の内容に即して当該表現活動に係る表現の内容の拡散を防止するために必要な措置(以下「拡散防止措置」という。)をとるとともに,当該表現活動が条例ヘイトスピーチに該当する旨,表現の内容の概要及びその拡散を防止するためにとった措置並びに当該表現活動を行ったものの氏名又は名称を公表する(以下,これを「認識等公表」といい,拡散防止措置と併せて「拡散防止措置等」という。)ものとする旨を規定する。
   ア 市の区域内で行われた表現活動(同項1号)
   イ 市の区域外で行われた表現活動等で次のいずれかに該当するもの(同項2号柱書き)
 (ア) 表現の内容が市民等に関するものであると明らかに認められる表現活動(同号ア)
 (イ) 上記(ア)に掲げる表現活動以外の表現活動で市の区域内で行われた条例ヘイトスピーチの内容を市の区域内に拡散するもの(同号イ)
  ⑶ 本件条例6条1項柱書き本文は,市長は,上記⑵ア又はイの表現活動が条例ヘイトスピーチに該当するおそれがあると認めるとき等は,当該表現活動が上記⑵ア又はイのいずれかに該当するものであること及び当該表現活動が条例ヘイトスピーチに該当するものであることについて,あらかじめ審査会の意見を聴かなければならない旨を規定する。
  ⑷ 本件条例7条1項は,上記⑶の事項等について,諮問に応じて調査審議をし,又は報告に対して意見を述べさせるため,市長の附属機関として審査会を置く旨を規定し,本件条例8条は,審査会は,委員5人以内で組織し(1項),審査会の委員は,市長が,学識経験者その他適当と認める者のうちから市議会(以下「市会」という。)の同意を得て委嘱する(2項)旨を規定する。また,本件条例9条は,審査会の調査審議の手続について規定し,本件条例10条は,本件条例7条~9条に定めるもののほか,審査会の組織及び運営並びに調査審議の手続に関し必要な事項は規則で定める旨を規定する。

 

【判旨】

 

 憲法21条1項により保障される表現の自由は,立憲民主政の政治過程にとって不可欠の基本的人権であって,民主主義社会を基礎付ける重要な権利であるものの,無制限に保障されるものではなく,公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限を受けることがあるというべきである。そして,本件において,本件各規定による表現の自由に対する制限が上記限度のものとして是認されるかどうかは,本件各規定の目的のために制限が必要とされる程度と,制限される自由の内容及び性質,これに加えられる具体的な制限の態様及び程度等を較量して決めるのが相当である(最高裁昭和52年(オ)第927号同58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁等参照)。
 本件各規定は,拡散防止措置等を通じて,表現の自由を一定の範囲で制約するものといえるところ,その目的は,その文理等に照らし,条例ヘイトスピーチの抑止を図ることにあると解される。そして,条例ヘイトスピーチに該当する表現活動のうち,特定の個人を対象とする表現活動のように民事上又は刑事上の責任が発生し得るものについて,これを抑止する必要性が高いことはもとより,民族全体等の不特定かつ多数の人々を対象とする表現活動のように,直ちに上記責任が発生するとはいえないものについても,前記1⑵で説示したところに照らせば,人種又は民族に係る特定の属性を理由として特定人等を社会から排除すること等の不当な目的をもって公然と行われるものであって,その内容又は態様において,殊更に当該人種若しくは民族に属する者に対する差別の意識,憎悪等を誘発し若しくは助長するようなものであるか,又はその者の生命,身体等に危害を加えるといった犯罪行為を扇動するようなものであるといえるから,これを抑止する必要性が高いことに変わりはないというべきである。加えて,市内においては,実際に上記のような過激で悪質性の高い差別的言動を伴う街宣活動等が頻繁に行われていたことがうかがわれること等をも勘案すると,本件各規定の目的は合理的であり正当なものということができる。
 また,本件各規定により制限される表現活動の内容及び性質は,上記のような過激で悪質性の高い差別的言動を伴うものに限られる上,その制限の態様及び程度においても,事後的に市長による拡散防止措置等の対象となるにとどまる。そして,拡散防止措置については,市長は,看板,掲示物等の撤去要請や,インターネット上の表現についての削除要請等を行うことができると解されるものの,当該要請等に応じないものに対する制裁はなく,認識等公表についても,表現活動をしたものの氏名又は名称を特定するための法的強制力を伴う手段は存在しない。
 そうすると,本件各規定による表現の自由の制限は,合理的で必要やむを得ない限度にとどまるものというべきである。そして,以上説示したところによれば,本件各規定のうち,条例ヘイトスピーチの定義を規定した本件条例2条1項及び市長が拡散防止措置等をとるための要件を規定した本件条例5条1項は,通常の判断能力を有する一般人の理解において,具体的場合に当該表現活動がその適用を受けるものかどうかの判断を可能とするような基準が読み取れるものであって,不明確なものということはできないし,過度に広汎な規制であるということもできない。
 したがって,本件各規定は憲法21条1項に違反するものということはできない。