債権譲渡は、債権の同一性を保ちながら譲渡人から譲受人に対し債権が移転することとされますので、債権に抗弁が付着している場合は、民法上の原則としては、債権譲受人は、債務者から抗弁の対抗を受けることになります(契約解除事由がある場合には、契約解除の抗弁の対抗を受ける)。
手形債権の譲渡も債権譲渡の一種ですが、上記の原則を貫くと手形取引の流通を害することになるので、抗弁について制限を設けています(手形法17条)。
具体的には、手形譲受人に対する抗弁が存する場合(例えば、売買代金の決済として手形が振り出されたという場合に、当該売買契約に無効や契約解除事由があったという場合)は、原則として抗弁は切断され(債務者が手形取得者に対して抗弁を主張することができない)、例外的に、手形取得者が「債務者を害することを知りて」取得した場合にのみ債務者による抗弁を認めることとしています。
手形法第17条 為替手形ニ依リ請求ヲ受ケタル者ハ振出人其ノ他所持人ノ前者ニ対スル人的関係ニ基ク抗弁ヲ以テ所持人ニ対抗スルコトヲ得ズ但シ所持人ガ其ノ債務者ヲ害スルコトヲ知リテ手形ヲ取得シタルトキハ此ノ限ニ在ラズ
そして、この「債務者を害することを知りて」についてどのように解釈すべきかを巡って論点となっています。
一つは単純認識説と呼ばれるもので、基本的に判例の立場とされますが、これは、抗弁の存在を認識していれば原則として「債務者を害することを知りて」に該当するが、例外的にこれにあたらない場合もあり得るとするものです。
具体的には、手形取得時に存在する抗弁が将来排除されることが全く期待できないような事情を認識しているような場合にはその認識のみで悪意の抗弁が成立するが、抗弁が満期までに成立するか不明であったり、抗弁が存在していても満期までにそれ解消されるると期待できるような場合には、満期における抗弁の存在まで認識していなければ「債務者を害することを知りて」とはいえないとするものです。
単純認識説に対しては、抗弁が成立するかどうかについて裁判官の判断に委ねる部分が大きく、基準としてさらに客観的、明確なものを立てるべきであるとして、神戸大学の河本一郎教授が提唱した「河本フォーミュラ」と呼ばれるもので、「債務者を害することを知りて」とは、手形の取得に当たり、満期において、手形債務者が取得者の直接の前者に対し抗弁を主張することは確実であるとの認識を有していた場合をいうとするという基準です。
そして、抗弁の種類や内容に応じて、単なる原因事実だけで満期において、手形債務者が取得者の直接の前者に対し抗弁を主張することは確実であるとされる場合と、原因事実についての認識以外に付加的事実についての認識が付加されて初めて抗弁対抗の確実性の認識が形成される場合に分けられるとして、抗弁の内容によってある程度客観的に分類しようという試みがされることになるわけですが、実際の事案においては単純認識説とどれほどの違いがあるのかという批判などがあります。