判例タイムズ1496号で紹介された裁判例です(水戸家裁令和4年4月8日審判)。

 

 

本件は,路上において所持品を一切所持しないで一人で居たところを保護された申立人につき(養護老人ホームに措置入所),それまでの生活に亘る記憶がほとんどないため,本籍などが明らかでないことから,要介護認定を受けるに当たっては住民登録が必須であるため,戸籍法110条1項に基づいて,就籍の許可を求めたという事案です。

 

 

戸籍法
第110条1項
 本籍を有しない者は、家庭裁判所の許可を得て、許可の日から十日以内に就籍の届出をしなければならない。

 

申立人が述べることができた自分の生い立ちなどとしては次のようなものでした。

・結婚前の氏名は「M」であり,生年月日は昭和26年(若しくは同27年)●●●月●●●日(若しくは●●●月●●●日)であること,実父は「N(若しくはO)」(昭和2年〔若しくは昭和元年〕生まれ),実母は「P(若しくはQ)」(昭和5年生まれ)であり,他に兄弟姉妹はおらず,小さいころはR若しくはD内に住んでいた気がするが,両親はとも既に死亡していること,学歴について,一時は具体的な学校名を挙げることもあったものの,現在は「字が書けるので高校までは卒業したと思うが,学校の名称,周辺の景色,先生や友達の名前はわからない」と述べ,高校卒業後は実家で家事手伝いをしていたこと,申立人は,24歳のころ,父の勧めで見合いをしてS(若しくはTかU。昭和22年●●●月●●●日〔若しくは昭和21年●●●月●●●日〕生まれ。以下「夫」という。)と結婚し,結婚後はおそらくD内の借家に住んでおり,専業主婦であったこと,夫との間に長男V(若しくはW。昭和51年●●●月●●●日〔若しくは同年●●●月●●●日〕生まれ。以下「長男」という。),長女X(昭和54年〔若しくは同55年〕●●●月●●●日〔若しくは●●●月●●●日〕生まれ。以下「長女」という。)をそれぞれもうけたこと,長男は,Y高校に入学したが,卒業後しばらく家にいたもののその後家を出て行ったこと,長女はZ高等学校に入学し,高校卒業後働いていたが,長女もいつの間にか家を出て行ったこと,夫は50歳代で病死したこと,以上のとおり述べるものの,上記家族の名前や生年月日については,聞き取りをするたびに上記の記載以外の名前や生年月日を述べるなどしてたびたび変遷し,上記一連の生い立ちについてそれ以上の詳しい事実を答えることはできなかった。

・ただし,申立人は,自分の氏名並びに夫,長男及び長女の氏名を,自らペンを執って,書き順も正しく書くことができた。
・申立人は,昔見ていたテレビ番組として「ジャングル大帝」「鉄腕アトム」などを挙げ,また,小さい頃の総理大臣として「吉田茂」の名をあげ,さらに,社会情勢に関する記憶として,東京オリンピックや大阪万博があったことを覚えていると述べた。

 

 

しかし,申立人が述べる生年月日などで住民基本台帳システム,年金事務所,金融機関,犯歴照会などに検索をかけてもヒットしませんでした。

 

 

裁判所は,戸籍法110条1項所定の「本籍を有しない者」とは,日本人として戸籍に記載されるべきでありながら何らかの理由で記載されていない者をいうと解されるところ,その中には本籍を有することが明らかでない者も含まれると解すべきである(大正10年4月4日民事第1361号民事局長回答参照)。そこで,これを本件において検討するに,申立人については,全国における身元不明者の照会依頼,申立人が述べる申立人の父母,夫,長男及び長女の氏名及び生年月日等を手掛かりとしたあらゆる組み合わせでの住民基本台帳システムによる検索,申立人が以前居住していた可能性があったと思われる場所の現地確認,学校照会,金融機関への照会,年金事務所への照会,指紋の採取及び犯歴照会など,様々な身元調査が実施されたものの,結局,申立人が保護されてから1年8か月以上が経過した現時点においても,申立人の身元を確認することはできないことから,申立人が本籍を有することは明らかでないと言わざるを得ず,本件記録を精査しても,申立人が犯罪若しくは前科等を隠ぺいするためにことさら本籍を秘匿していると疑うべき資料もないから,申立人は,戸籍法110条1項所定の「本籍を有しない者」に該当すると認めるのが相当であるとしました。

 

 

そして,調査のたびに多少の齟齬が認められるが,申立人の生年月日が申立人の述べるとおりとすると同人は現在69歳ということになるところ,申立人の容貌から推測される年齢とおおむね合致していること,加えて,申立人が述べる長男及び長女の年齢,申立人が幼いころ見ていたテレビ番組,総理大臣の名前及び東京オリンピックや大阪万博などの社会的出来事とも整合することから,申立人が最も頻繁に用いている「昭和26年●●●月●●●日」を申立人の出生年月日とするのが相当としました。

 

 

また,前記のとおり申立人が昭和26年●●●月●●●日生まれであるとした場合,当時の国籍法2条4号は,日本国民の要件として「日本で生まれた場合において,父母がともに知れないとき,又は国籍を有しないとき」と定めているところ,申立人が日本国内で生まれたことを示す直接の証拠はないものの,申立人は,流ちょうな日本語を話し,尊敬語の用い方や言葉の選択,助詞の使い方も日本語として自然であること,自分の氏名並びに夫及び子らの氏名を,自らペンを執って,書き順も正しく書くことができること,子供のころ見ていたテレビ番組,内閣総理大臣の名前,社会的出来事である東京オリンピックや大阪万博に言及していること,実在する地名や学校名を正確に話していること,以上の事実を総合考慮すれば,申立人は日本で生まれたと推認するのが相当である。そして,前記認定のとおり,申立人の実父母を特定することができないから,申立人は「日本で生まれた場合において,父母がともに知れないとき」に該当し,日本国民であると認めるのが相当であるとし,日本国民として就籍を認めることに差し支えないものとしています。

 

 

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