判例時報2480号で紹介された事例です(東京地裁令和2年3月11日判決)。

 

 

本件は,祖父が創業した会社に入社し,その後取締役に就任したのちに退任した原告が,取締役就任後においても従業員としての地位を失ってはいなかったと主張して,取締役であった期間についても雇用契約に基づいて退職金を請求したという事案です。

 

 

取締役就任によって,雇用契約が終了したかどうかが争われましたが,裁判所は,就業規則には取締役就任によって雇用契約が終了する旨の規定がないこと,取締役就任時に退職届の提出や退職金の支払といった従業員の地位についての清算の手続きがされていなかったこと,原告の業務内容が取締役就任後も変わることなく,代表取締役であった父親の指揮監督の下で業務が行われていたことなどから,原告の主張を認めて,取締役就任によっても従業員の地位は失われていなかったとして,その期間も含めての退職金の支払いを命じています。

 

 

なお,会社側からは,取締役就任後,月額報酬が増額されて各種手当の支給が無くなっていること,就任から数年後のことであるけれども雇用保険被保険者資格喪失の届出がなされていることが主張されましたが,増額については従業員と取締役の地位を兼ねることに対する増額と考えても矛盾はしないこと,雇用保険加入の有無はそれのみで従業員性が決定づけられることではないことを理由として,これらの事情によって従業員性は否定されないとしています。

 

 

名ばかり取締役というのはよくあることで,こうした形で従業員性が争われることは珍しいことではなく,従業員側としても取締役であったからということで請求をあきらめるのではなく,また,会社(経営)側としても,今回の判決が指摘した点などを踏まえて対応しておくことが求められるものと思われます。