金融・商事判例1582号などで紹介された最高裁判決です(令和元年9月19日判決)。

 

 

改正法の施行が目前に迫っていますが,現在の民法では147条2号により,差押えがされたときは,時効の「中断」がされるものとされています。

時効の「中断」というのは,中断事由が終了した時から新たに時効期間が進行するという意味で,それまで進行していた時効期間がいったんリセットされるというイメージです(中断事由が終了した時から新たに時効期間がゼロから進行する)。類似した用語に時効の「停止」がありますが,これは,それまで進行していた時効期間の完成が猶予されるというもので,それまでの時効期間の進行がリセットされるわけではなく,停止事由が終了するとそれまで進行していた時効期間がそこからスタートするという概念です。

 

(時効の中断事由)
民法第147条 時効は、次に掲げる事由によって中断する。
二 差押え、仮差押え又は仮処分
 

 

なお,今年の4月から施行される改正民法では,時効の「中断」については「更新」という用語に改め,「停止」は「完成猶予」という用語に改められ,差押えなどの強制執行については,現行法とは異なり,それのみでは時効の完成猶予事由に分類されることになりました(改正法148条1項1号)。ただ,強制執行が取下げや取消がされずに終了した場合には,その時から新たに時効が進行する(更新される)ということになっています(改正法148条2項)。

 

改正民法第148条 次に掲げる事由がある場合には、その事由が終了する(申立ての取下げ又は法律の規定に従わないことによる取消しによってその事由が終了した場合にあっては、その終了の時から六箇月を経過する)までの間は、時効は、完成しない。
一 強制執行

 

本件では,公正証書に基づいて債権執行の申立てを行ったものの,第三債務者である金融機関には少額の預金債権しかなかったようです。そして,債権執行の場合,債務者に対しても差押え命令を送達することとなっているものの(民事執行法145条3項),債務者に対しての送達がされなかった(少なくとも記録上は送達がされたということが明らかでない)という状態であったということでした。

 

 

このような場合でも時効の中断がされたとして消滅時効の進行は中断され,それから10年以上経過してもなお債務者に対して請求ができるのかというのが本件の論点です。

ちなみに,預金が少額しかないということで,差押えの申立てを取り下げるということもありますが,その場合には事項中断の効力が生じないこととされていますので(現行民法154条),本件では,上記のような状態のまま棚ざらしとなっていたということになります。裁判所としても迷惑なので取下げを促すこともありますが,応じずにそのままになっていることもあり,本件ではそういう状態であったということになります。

 

 

第一審判決,控訴審判決は,民法155条の法意を類推して,時効の中断を生じるためには債務者が差押えを了知できる状態にあることが必要とし,本件では消滅時効が完成していると判断しました。

民法155条は,時効の利益を受ける当事者ではない者(物上保証人など)に対して差押えをした場合の規定なので,時効の利益を受ける債務者に対して直接差押えがなされた本件では直接適用されるものではありませんが,差押えについて当事者に知らせることを求めている趣旨を本件のようなケースでも及ぼしたということができます。

 

 

民法第155条 差押え、仮差押え及び仮処分は、時効の利益を受ける者に対してしないときは、その者に通知をした後でなければ、時効の中断の効力を生じない。

 

しかし,最高裁は,民法155条は,時効の利益を受ける当事者以外に差押えがされた場合に,当事者に不測の不利益が及ぶことがないようにその通知を要求したものであって,当事者である債務者に対して差押えがされた場合にまで適用を及ぼす必要はないことから,中断の効力が生じているというためにはその債務者が当該差押えを了知し得る状態に置かれることは要しないとし,本件では時効は中断していると判断しました。

 

 

なお、本件のような債務者に対する送達がなされないまま取り下げられることもなく事案が放置されるということを防ぐため、今年の4月1日に施行される改正民事執行法において、債務者に対する債権差押命令が送達されないときは裁判所は債権者に対して一定の期間内に送達すべき場所の調査申出、公示送達とすべきように命じることができ、これがなされないときは差押命令自体を取り消すことができるものとされています(改正民事執行法145条7項8項)。

差債務名義を獲得したとしてもし差押をするのはそれからずっと後になってということもあるので、その時には債務者の居場所が不明ということは考えられるところです。

 

 

民事執行法145条

7 執行裁判所は、債務者に対する差押命令の送達をすることができない場合には、差押債権者に対し、相当の期間を定め、その期間内に債務者の住所、居所その他差押命令の送達をすべき場所の申出(第二十条において準用する民事訴訟法第百十条第一項各号に掲げる場合にあつては、公示送達の申立て。次項において同じ。)をすべきことを命ずることができる。

8 執行裁判所は、前項の申出を命じた場合において、差押債権者が同項の申出をしないときは、差押命令を取り消すことができる。