判例時報2361号で紹介された事例です(東京地裁平成27年12月25日判決)。

 

 

本件は,会社経営をしていた遺言者が,死亡前約10か月の間に3階の公正証書遺言を作成し,死亡する約1か月前,入院中の病室に公証人が出張することで,問題とされた最終の遺言(本件遺言)を作成したというものですが,作成に当たり,人工呼吸器の装着により遺言者のの発話が聞き取りにくかったため,公証人が,同席していた受遺者(相続人の一人である長女)の交際相手であった者に遺言者の発話を通訳させて作成したという点につき,民法969条の2の要件を満たすかどうか,また,遺言により利益を受ける受遺者の交際相手が通訳したことについて,民法974条2号の趣旨に照らして通訳人としての資格に問題があるかどうかが争点となりました。

 

 

(公正証書遺言の方式の特則)
民法第969条の2 口がきけない者が公正証書によって遺言をする場合には、遺言者は、公証人及び証人の前で、遺言の趣旨を通訳人の通訳により申述し、又は自書して、前条第二号の口授に代えなければならない。この場合における同条第三号の規定の適用については、同号中「口述」とあるのは、「通訳人の通訳による申述又は自書」とする。
2 前条の遺言者又は証人が耳が聞こえない者である場合には、公証人は、同条第三号に規定する筆記した内容を通訳人の通訳により遺言者又は証人に伝えて、同号の読み聞かせに代えることができる。
3 公証人は、前二項に定める方式に従って公正証書を作ったときは、その旨をその証書に付記しなければならない。
 
(証人及び立会人の欠格事由)
民法第974条 次に掲げる者は、遺言の証人又は立会人となることができない。
二 推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族

 

 

判決は,民法969条の2第1項の「口がきけない」の意義について,言語障害機能により発話不能であるのみならず,聴覚障害や老齢等のために発話が不明瞭で,発話の相手方(本件では公証人)にとって聴取が困難な場合も含まれるとし,本件で,人工呼吸器の装着により発話が不明瞭で公証人が聞き取りにくい場合も,「口がきけない」場合に該当するものとしました。

また,「通訳」というと,手話などの何か専門職による専門的な技術を用いた通訳ということをイメージしますが,という本件では,長女の交際相手が,遺言者を頻繁に見舞っていて会話をしていたという経験から,聞きなれた遺言者の声や話し方などにより発話の内容を理解することができたとされ,その内容を伝えられた公証人が自ら聞き取ったと思う内容と符合するかどうか確認するという方法で遺言が作成されたというもので,このような方法も「通訳人による通訳」に該当するとされました。

また,本件で通訳人とされたのが,受遺者である長女の交際相手であることにつき,民法974条2号を類推して通訳人としての公正性を欠くかということが問題とされましたが(なお,家族でもある長女が遺言者の発話を理解することができたはずですが,受遺者であるため長女本人は同条により遺言作成の場に同席できないため,交際相手が同席していたものと思われます),法律上,通訳人の資格については規定がなく,公証人が個別に判断すべき事項であるといったことなどから,問題がないとされています。

 

 

 

なお,本件では,ほかに,遺言者の遺言能力ということも問題とされていますが,遺言者はモルヒネ投与などの影響により判断能力の一定程度の低下が窺えるような状況であったものの,遺言者の最大の関心事であった会社経営を任せようと考えていた長男との対立の経緯に応じて遺言がその都度書き換えられているという客観的な状況に符合することなどからすると(対立する出来事があった都度,長男に不利になるように書き換えられている),遺言者は遺言の内容を理解して遺言していたといえ遺言能力は認められるという結論とされています。