判例時報2147号で紹介された東京地裁平成24年1月25日判決です。




「相続させる遺言」というのは,遺言者が特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」という記載をした遺言を残した場合,その遺産は特別の事情がない限り,相続発生(遺言者の死亡)と同時に指定された相続人が相続するという効果があるとされています(平成3年に出された有名な最高裁の判決で,裁判長の名を冠して「香川判決」などと呼ばれています。)。




具体的な意味としては,例えば,遺産が不動産であった場合,指定された相続人は単独で自分の名義に移転することができるということであり,他の相続人と共同して登記手続(共同登記)しなくてよいということです。当然のことのようですが,香川判決が出る前までは,裁判所の考え方として「相続させる遺言」があったとしても,共同登記しなければならないという考え方も有力でした。




そして,「相続させる」遺産が不動産である場合には,遺言に遺言執行者が指定されてしたとしても,その不動産が亡くなった遺言者の名義のままである限りは,登記手続きすることができるのは当該相続人のみであって,遺言執行者は登記手続を行う権利も義務も有しないとされています。




それでは,特定の相続人に「相続させる」遺産が銀行の預金であった場合にも,不動産と同様に,遺言で遺言執行者が指定されていたとしても,遺言執行者は銀行に対して払戻しを求めることができないのか,それとも,遺言執行者が払戻しを求めたうえで,そののちに,遺言に沿って当該相続人に配分するということができるのかということが争いになったのが,本件の裁判でした。




裁判所は,不動産の場合と異なって,「相続させる」遺言があった場合でも,遺言執行者は単独で銀行に対して払戻しを求めることができると判断しました。




その理由としては,単独での登記手続を認めている法務局の場合と異なって,特定の預金を「相続させる」という遺言があったとしても,銀行実務上,すべての相続人に相続届を記載押印させて印鑑証明書の添付まで求めることがあり

(なお,本件の銀行もそういう取扱いであったと認定されています),それでは,せっかく「相続させる」遺言があったとしても,相続人全員の協力がないと預金を払い戻すことができなくなってしまうので,なお遺言執行者に預金の払い戻し請求を認めて遺言の執行を行わせる実益があり,遺言執行者の権限を定めた民法1012条1項の「遺言の執行に必要な一切の行為」に含まれるしました。





なお,本件で,訴訟提起した遺言執行者(弁護士)は,銀行が払戻しを拒絶したことは不法行為に当たるという主張もしましたが,これについては,債務不履行責任による追及で足りるとして退けられています。




また,本件では,遺言執行者が払戻し請求した時点で,相続人間で遺言の有効性に争いがあるといった事情は銀行に告げられておらず,銀行もそのような認識をしていなかったのであるから,銀行としては払戻しに応じるべきであったとして,銀行には遺言執行者が払戻し請求した翌日から起算した年6分のわりあいによる遅延損害金の支払いも命じられています。





遺言や遺言執行の分野というのは,確立した手順がなかったりすることも多く,銀行としてもなかなか対応に苦慮するところではないのかと思います。





本件で払戻し請求がされたのが平成23年6月で,本件判決が平成24年1月ですので,夏季冬季の休暇も含めて考えれば淡々と主張のやり取りのみして判決に至ったということなのでしょう。



なお,本件は確定しています。





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