みなさんこんにちは

 

本日は私のバスケットボール人生の高校時についてお話させて頂きたいと思います。

中学校のバスケットボール部を引退して、、、

やはり、高校でもバスケットボールをして全国に行きたいと思っていました。夏休みは塾の夏期講習に通いながらいくつかの県内の練習に行ったりして過ごしていました。

その中でも行きたいと思った高校はバスケットボールのレベルは県でベスト16くらいですが、

指導者がすごくバスケットボールが好きで選手としても評価されている選手でした。それ以上に礼儀や挨拶を大事にしていたので、この先生のもとでなら成長できると思い、その高校を選びました。

ただし、バスケが好き、バスケがしたいだけではその高校には入れませんし、バスケットボールをする前に受験があります。誰もが受験は通る道で避けては通れません。当時の私の学力は、学年200人中80位くらいとまずまずでした。このまま勉強も続けていれば問題なかったのですが、親には勉強はしっかりやるように言われ続けられたので、そのあたりが少し大変でした。

その後は順調に勉強していき、その高校に合格することができました。

入学してからの1年目はとにかく走ってばかり、練習の時間は日によってバラバラなのですが、3時間あったらボール使わない時間が半分以上でした。長距離選手か!笑っていうくらい。本当にバスケットボールは上手くなるのか半信半疑の中、練習していました。

でもそのおかげで忍耐力は鍛えれたと思います。

2年生の時になると、プレイタイムをたくさんもらい上級生より試合に出ていたので、そこまで私の印象は良くなかったかもしれませんが、それでも3年生はチームのために頑張ってくれて、、、さすがだと思いました。3年生を全国へと望んだ最後の大会はベスト8。

悔しい以上に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。

そしてむかえた高校最後の年、キャプテンとしてどんなことに耐えてきたし、やるべきことをやって、、、

時には答えが出なくて、苦しい時期もありましたが50人以上の仲間が私を支え、ついてきてくれたからだと思います。

でも壁は高かった。本当にこの3年間は苦しいことばかりでしたが、

先生をはじめ、仲間、両親、保護者の方にはバスケットボールが上手くなる以上に学校を卒業し、一人の人間としてとして社会に出たときにどう過ごしていくか、生きていくかを教わることができた3年間でバスケットボール以上に大事なことを学ぶことができました。

今でもこの3年間がなかったらここまで来ることはできなかったと考えていますし、宝物です。

話は変わりますが、現在、新型コロナの影響で高校バスケットボールの夏の総体が中止となっています。

多くのプレイヤーが夏で引退し、それぞれの進路に向かう中、中止程つらいものはありません。

だれが悪いとかはありませんが、、、

本当にこの先どうなるかわかりませんが、一日でも早く日常を取り戻し何かしらの形で

不完全燃焼で終わっていくプレイヤーの拠り所があれば見つかることを願っています。

それでは、、