エゴエゴしていますと、
いまと言う場所に行くと、エゴが存在せず、
エゴが今を恐れ、嫌っているのもよくわかります。
私の中には、ふたつの存在があり、
エゴの言葉は、とても、現実的で納得できるもの。
そして、エゴではない部分に関しては言葉で表せませんが、被害者妄想に駆られることもなく、いつも静寂、平安です。
なにもせず、ただいまに身を任せていますと、
すぐに思考が入り込んできます。
そして、感情も入ってきます。
こころ、という総称でそれら全体を見ていますと、
私が「なにもしていない」と不安なようで、日々のなにかをひたすらしようと提案しています。
精神が、何かしている、と認識しているときにも、実は、何もしていない、そんな気がしています。