昨日は日曜日で、すごくいい天気でしたが、
私の中では、とてもいやーなことが起こっていました。
どういうことかというと、
体中で、「不安」「焦り」
を感じていたのです。
なんかすごく嫌でした。
体が嫌がっている、その間、
私は、平安を感じたり、
静寂を感じることはできませんでした。
頭ではわかります・・・静寂を感じられない時にも、静寂はあり続けていたのだ、ということ・・・。
でも、まったく静寂は、感じられませんでした。
体中の痛み・・・に意識は向かっていたのです。
静寂がなければ、音楽が存在しないように、
静寂がなければ、昨日の体験もなかったのでしょう。
私は、雑音に「多さ」に意識を向けました。
どうしても、その「多さ」に圧倒され、その多さの陰にある静寂には気づかなかったのでしょう・・・。