過呼吸を起こした私は、誰にも見られたくなくてカーテンの後ろに逃げ込んだ。



クラスメイトからは、



「ふざけてんのか〜?」
「ちゃんと歌えよ〜」


そんな言葉が飛び交っていたのを覚えている。



担当の先生は放心状態でその場に立ち尽くしていた。



過呼吸の対応に慣れてる子がビニール袋を持って介抱をしに来てくれたのを今でも覚えている。
(本当にその子にはその後も助けられまくった)



n回目の保健室行き。



人前に立って歌を歌う。



それはバンドマンを目指すならできて当然…というか、できないなんて選択肢はないこと。



私はそれができなくなった。



その頃にはもう教室だけでなく、学校にたどり着けなくなっていた。



通学に使う電車に乗れなくなっていたからだ。



必然的に私はバイトも学校も辞めることになった。



在学期間たったの半年。
(通っていない期間を除くと4ヶ月)



学校を休んで電車に乗れるようになってから、退学手続きをすることにした。



退学手続きの為に久しぶりに学校に行った。



学年主任から先生に挨拶をするか?と言われたが、非常識なことは承知でもちろん断った。



誰にも知られないまま気付いたら居なくなった人。



周りから見た私はそんなとこだろう。



有難いことに送別会をしてくれるという連絡も貰ったが、原因がクラスメイトへの嫉妬だった為にそれも断った。



それから私は連絡先も全て消してリスタートすることにした。



まずは、近くのメンタルクリニックに行くことにした。



初めて誰かに弱音を吐いた気がする。



そこでは、軽い鬱状態だけど病名は付かない程度だと言われただけだった。



この頃はまだ通院も必要ないと言われた。



一人暮らしを辞めて実家に戻るという選択もあったが、私は音楽を諦めたくなかった。



バイトを探して音楽フリーターの道を選んだ。



つづく