昨日昼間、息子の手術がおわった
手術室から出てきた息子は
酸素吸入器
点滴
どこにくっついているのか、チューブ・・・・・
朦朧とした意識の中で
どこか痛いのか
時折顔をしかめる
こういうとき親は
「変わってやりたい」
と思う
しかし、ある人によると
自分をなぜ犠牲にしようとするのか
と仰る
「単純に、この子の苦痛を和らげたまえ」
でいいそうだ
変われるのもなら変わってやりたい
そう考えるのが愛情のようであるが
そう考えるのは、エゴ(?)であるとも
親に何事もない状態で
この苦痛がいえるのが一番ではないかと
なぜ、代償が要ると考えるのかと・・・・
確かに言わんとすることはわかる
しかし、変わってやりたいと思うくらい
見ていられない
そうなってもいいから
楽にしてやってくれ
という親の子を思う気持ちの裏返しであるからして・・・・・
とにもかくにも、無事手術が終わって
ほっと胸をなでおろした
内臓の病気でなかったので
機器の外れた息子はすでに元気いっぱい!
食欲は以前にましてあるような感じさえする
生意気盛りの息子
しばしば腹の立つこともあるが
やはり、元気でいてくれることのありがたさ
うんうん、元気が一番ですな