女性のお力を拝借したいので
求人をした
高々、町の小さな整体院なのに10名を超える応募を頂いた
面接していて思ったこと
意識の高い方は本当に多かったということ
もうひとつ、
面接は、見合いのようなのもでもあるということ
仕事をするということは
お金を稼ぐということでもある
努力に見合った給金が入ると人はある程度満足する
しかし、通常はそのバランスがうまく取れない
「評価は人がするものである」
とはよく言われるが、自己判断というか、自己評価するのは
当たり前といえば当たり前のことである
「自分はこんなに頑張っているのに」
だれもが思うことである
しかし、社会は厳しい
自己評価=会社の評価になることは滅多にない
不平不満を漏らしながら、それでも人は頑張る
当院に面接にこられた方々
「お給金は二の次で、色々なことを身につけたいんです」
現時点では、いわゆる素人なので当然こういう姿勢になってもおかしくはない
と思うでしょう? 万節では、自分をよく見せたいもんね・・・・・
しかし、これまで家に弟子入りしたいと志願してきた人間は
そうではなかった
座って第一声
「私は、揉むのがとてもうまいと人から言われます。
この間も、友達を揉んで、あまりに気持ちがいいと1000円もらいました」
自信があるのはいいことだ
しかし、過剰なのはどうかと思う
ましてや、それを新しく入る世界の免罪符にしようとしているのなら
それは大きな間違いというものである
友達を揉んで、喜んでもらって、お金がもらえる
それは、友達だったからだ
縁もゆかりもない、あなたを知らない人と初めてあって
満足させるだけのテクニックと雰囲気と話法を身につけるまでには
相当な時間がかかるということを、知るべきである
私が全てできるというわけではない
十分ではないが、勉強し、長期間ではないが丁稚奉公した私だって
日々苦労している
人の体にあたらせていただき
心を解きほぐし、体を解きほぐし
満足させるということは本当に難しい
それをわかっているからこそ、腹が立つ場合がある
さらに、言うに事欠いて
「雇っていただけるとしたら、時給はいくらからですか?」
オカネは、働いた評価である
大切なことである
しかし、いきなり金?
あなたは、ここで何をしたいのか?
まず、それを知りたい
特に、こういう特殊な技能は人によって会得するまでの時間に大きな差がある
とんとんトンと進んでしまう人もいれば
遅々として伸びない人もいる
その人が生産性を持つのはいつになるかわからない
であるから、揉むのがうまいとか何とか技術的なことよりも前に
どれだけ頑張ってこの世界でやっていきたいのか
その覚悟を第一に知りたいのである
この間、大阪の友達が電話をかけてきた
「仕事、首になっちゃったんだ。整体師になろうと思うんだけど・・・・」
『お前にもできるんだから、俺にだって。しかも、意外と簡単になれるんでしょ』
と言いたげであった
なめんなよっ!
われわれ整体師は、国家資格を有していない
持っているのは民間資格なのである
であるから、資格保有者からのバッシングをよく受ける
「詐欺師」とまで言われることがある
しかし、であるから色々な技術を身につけ武装しようとする
そのための努力は怠らない
止まっていれば、お客さんに飽きられる
サボっていれば、置いていかれる
すごくシビアな世界なのである
そんな業界に軽々しく入ってしまうと
後で後悔する
「1ヶ月で、あなたも整体師に!!」
なんて広告
そんなむちゃくちゃなことをする輩がいるから
我々への風当たりは一向に弱まらないし、
何人そういう商法に引っかかり
「開業したはいいが、お客が全然来ない」
という同業者を見てきたことか
この世の中に、そうそううまい話は転がっていないのだ
努力もなしにお金を得ようなんて
所詮、無理な話
であるから、「少なくても3年くらい学校に通い、丁稚奉公をする覚悟はあるか?」
と大阪の友達に聞いた
「そんな遠回りはできないよ」と彼
ダメだ。何が遠回りなものか
実はこれが一番の近道かもしれないし
それくらいの覚悟をしておかなければ、整体師になる意味はない
整体師でなければいけない!
こうこうこうだから、整体師がいいんだ!!
そういう強い気持ちがなければ
応援する理由はないし、その労力も無駄になる
今回の求人は、ここまで望んではいなかった
整体師を育てるためではなかったからだ
であるから、最初から時給の話になるのも覚悟のうえだった
しかし、ふたを開けてみると・・・・・
こちらから望んできていただきたいと思わせる人の多いこと
うれしい悲鳴
いやいや、人間捨てたもんではないな