長女 完全な不登校になるまで
長女が最初に学校に行けなくなったのが、小学3年生の夏休み明け。
そこから全く登校しなくなったわけではなく、3年生の間は、行ったり行かなかったりを繰り返していました。
完全な不登校になったのは、4年生になってから。
そこに至るまでの長女の様子や私が当時思っていたことなどを、記録として書いておこうと思います。
学校に行けなくなって1週間ほど経った時、担任の先生からある提案がありました。
朝、先生が家まで来てくださり、長女と一緒に小学校に行く、というものでした。
主人や私がどんなに頑張っても頑なに登校を拒否していた長女でしたが、先生となら行けるのではないかと考え、お願いしますと伝えました。
翌日から早速先生が来てくれたのですが…
やはり一筋縄では行かず。
インターホンが鳴ると自分の部屋に隠れる、という日が何日か続きました。
それでも先生は根気よく娘に話しかけてくださり、数日後にはなんとか小学校に行ってくれたのです。
この時は本当に嬉しかった!
行ってくれた!とにかくホッとしました。
このまま少しずつでも、また気持ちが小学校に向くんじゃないかと、期待しました。
教室に入りたくなければ保健室でもいいとのことで、長女は保健室を選び、本を読み、下校時刻の少し前に私が迎えに行く(他の生徒に会わないようにとの配慮)、という形でした。
お昼休みには、数人の友達と一緒に担任の先生が様子を見に来て、少し話をしていたようです。
話の内容は、今日はこんなことをしたよ、とか、教室で一緒に給食食べようよ、とか。
友達が来てくれるのはやっぱり嬉しいようで、笑顔も見せていたようですが、だからといって学校の様子を自分から話してくることはなく、私が聞いたら答える、という感じでした。
この時は、一週間に2日か3日くらいのペースで登校していました。保健室で過ごすようになって1ヶ月ほど経ってから、先生からまた提案がありました。
「ずっと保健室にいるより、一日一限だけでも教室で授業を受けれたらと思っているのですが、そのように声をかけてもいいですか?もちろん本人が嫌なようなら無理強いはしません。」
私としても、このままずっと保健室で本を読んで過ごすことに意味があるのかなと思い始めていたので、ぜひにとお願いしました。
最初は、やはり教室には行きたくないってなりました。今日もダメでしたと先生から聞く日が続く中、ついに、「今日は教室に行けました!」との言葉が。
またまた大喜び!教室に入れた!
教室で授業を受けれた!
凄いね、頑張ったね!と声を掛ける私に対して、あまりテンションの上がらない娘。
褒められたことに対しては、嬉しそうな顔をするものの、久しぶりの教室はどうだった?と聞くと、「うん…」と、鈍い反応のみ。
まぁ仕方ない、自ら進んで行ったわけじゃなくて、頑張って行ったんだもんね、疲れたよね。
焦らずゆっくりでいいからね、また教室に行きたいって思えたらいいねと話しました。
長くなったので続く