日曜日、通算4回目の移植にしてはじめて陰性判定を受けたあとの話です。


途中まで病み病みの暗い話なのでご注意ください。




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1人目治療


1回目→hcg出てるけど低い→化学流産


2回目→陽性判定→息子を出産


2人目治療


3回目→hcg出てるけどかなり低い→化学流産


4回目→hcgまったく検出されず陰性判定


という感じで、hcgがまったく検出されない完全な陰性判定は今回がはじめてでした。


BT7でクリアブルーのフライング真っ白を確認していたおかげで覚悟ができ、診察室で結果を聞いても落ち着いて次周期に向けての質問などできたので、フライングしておいて良かったなと思います。


判定日にはすでに落ち込むフェーズが過ぎ去っていたんだろうな


と思っていました。




実は判定日当日の日曜日、リプロ受診のあと毎月恒例の交流会がありました。


メンタル的に無理そうなら最悪ドタキャンさせてもらおうと思っていましたが、


まあこの感じなら多分大丈夫でしょ


と思って、予定通り参加することにしました。


普通に振る舞えていたと思うし、いろいろな方とお話しできて、それは本当に楽しかったです。


ただ、夜になるにつれてだんだん心が沈んできて、最後の方はギリギリでした。


多分、ギリギリ普通に振る舞えていたはず。

空気壊したりとかもしてないはず。




家に帰ると旦那が息子の寝かしつけまで終えてくれてて、そのまま息子と一緒に寝落ちしていました。


少しさみしいような、顔を合わせずに済んでホッとしたような。


妊娠できなかった悲しみ、というものはなかったと思います。


上手く言語化できないけど、


何に対してか分からない怒りや悲しみのようなものがあって、

けど誰にも当たれないのが自分でも分かっててどうしようもない


といった感じでした。


そして、しばらくは誰にも会いたくないと思いました。


患者さん以外、誰とも話したくない

外勤以外、人と会う予定を入れたくない

医師として以外、誰にも会いたくない


医師としてならいいけど、医師の仮面を取った素の自分はしばらく誰にも見せたくない


と言いつつ、既に入っている予定をキャンセルする気力もなく、何なら新しいお誘いも断らず新規に予定を入れていましたが。




翌日、月曜日。


朝はバタバタしていて旦那とほとんど話さないまま外勤へ。


こんなメンタルじゃ執筆も進まないかも


と思ったけど杞憂でした。


通勤時間や隙間時間にめちゃくちゃ執筆が捗りました。


(執筆は断然Wordで縦書き派ですが、最近は外ではスマホのメモ帳で執筆して、帰宅後に自宅のパソコンでWordファイルにコピペして形式を整えたり加筆修正したりするやり方にしました)


執筆したり診察したり外勤後に人と会ったりしているうちに元気が出ました。


夜、息子のお風呂と夕飯が終わってひと段落した頃に旦那が帰ってきて、陰性判定以来はじめて腰を据えて話ができました。


ちょっと落ち込んだけど、今回はあんまり会わないうちに勝手に元気出た感じだね


なんて話をして、2人でよかったよかったと言い合っていました。


化学流産のときは2回とも私のメンタルがひどいことになっていたので、旦那は私の様子を見て安心したようでした。


私も今回はこのまま大丈夫だと思って油断していました。


前回の移植のときは薬をやめて翌日に生理(化学流産)が来たので、


今回もすぐ来るだろう

つまり、PMSももう大丈夫


と思っていたわけです。




生理、全然来ませんでした。


そして火曜日の夜からPMSなのか?明らかに調子が悪くなりました。


いつもみたいなイライラはなく、↓の記事で書いたような「消えたい」もなく。



無性にさみしい


こんな症状ははじめて。


この夜は旦那が昼間の実験の続きをしに研究室に出かけていました。


よくあることだし、旦那不在の夜はむしろ寝かしつけが終われば作業に集中できるのでウェルカム!だったのですが。


寝かしつけが終わり、暗いリビングでパソコンをつけ作業開始したものの、何か落ち着かない。


胸の奥がザワザワして集中できない。


なんだこれ?


無駄にSNSやスマホの通知を見てしまう。

無性にさみしい。

誰かの声が聴きたい、欲を言えばおしゃべりしたい。


誰と?


↑の記事の時ほど切羽詰まってはないけど、誰になら助けを求めていいのか、またしても考えてしまいました。


最近になって交友関係がすごく広がったけど、こういう時に迷惑じゃないか?など考えずに躊躇わずに助けを求められる友達って相変わらずほとんどいないんだな、という事実に気づいて余計さみしくなりました。


というより、実の親や兄に対してすら遠慮して助けを求められないのに、そもそもが人様に対して助けを求められるタイプなんかじゃないんですよね。


結局、実験中の旦那にLINE電話。


当然のことながら突然の電話に「何かあった?」とビビる旦那。


「何でもない、何でもない」と言いながら涙が止まらなくなってしまい、旦那から「帰った方がいい?」とオファーがありましたが申し訳ないので断りました。


電話を切ってからまたさみしくなり、誰とも電話できないならせめてラジオがあれば、と思いましたがあいにくラジオは持っていません。


Xのおすすめのところに相互フォローさんが聴いているというスペース(音声配信)が表示されていて、そこに潜り込んでみました。


落ち着く声と話し方に癒され、ラジオ代わりに聴きながら執筆ではなく翻訳作業の方を進めました。


0から1を生み出す執筆は心が元気じゃないとできないけど、医師業と翻訳はどんなメンタルでもできるみたいです。


スペースが終わるころには心が落ち着き、胸のザワザワがぶり返さないうちに就寝。


Xのスペースとフォローさんとのやり取りに救われた夜でした。




翌日、水曜日。


今日こそリセットが来てPMSが終わりますように


という祈りもむなしく、朝から嫌な予感しかしない。


朝からこんなに胸がザワザワしてるなら、夜になったらどうなってしまうのだろうと思うと怖くなりました。


この日、本当は夜食事会に参加する予定でしたが、旦那の職場の送別会とかぶったので譲りました。


つまり、旦那も友達もみんな飲み会でお楽しみの中、私は息子が寝たあと1人で耐えないといけない。


息子と一緒に寝れば解決、かと思いきや予想外に早く「ねる」となったため寝つけず。


残った家事を片付け、眠くなるまで作業しようとパソコンを広げるも前夜以上にコンディションが悪い。


みんな今頃は外で楽しんでいるのかと思うと、まるで世界から取り残されたような気分。


迷惑を承知で、ついにSOSを出してしまいました。


が、なけなしの理性で電話するのは踏みとどまりました。


危なかった。


寝られなかったら参加しようと思っていたスペースに参加してみたのですが、取り残されたような気分は払拭されず、最初は出たり入ったりを繰り返していました。


最終的には聴きながら黙々と翻訳作業を進めているうちに少し落ち着き、スペースが終わって程なく旦那が帰宅。


乗り切ったと思いました。



実際、今朝起きたら「元の自分に戻ってる」感覚があり、昼過ぎにリセットが来ていました。


これにてPMSの恐怖から解放されました(多分)。



それにしても、ピル内服後のPMSについては夫婦の問題と絡めていろいろ書いてきましたが、


当たり前だけどホルモンの問題だから、夫婦関係が改善すればオールOKじゃないんだな


と今回の件で思い知らされました。


私は1人の時間も大好き人間なので、「さみしい、誰かと話したい」という症状はPMS関係なく今回がほぼ初めて。


かなりレアです。


PMSなのか偶然なのか、陰性判定後のリセット待ちだとこうなるのか分かりません。


次回も陰性でこんなふうになったら、なんて考えたくもないけど、万が一の場合に備えておいた方がいいのかなと何となく思いました。


そして、こういう時に気軽に誰かと交流できるような場所があればいいのに、とも思いました。


まあ既にあるSNSとか交流サイトとかDiscordみたいなのがそれに当たるんでしょうね。


ラジオは持ってないし、配信系も普段あまり聴かないけど、人の声や言葉の持つ力みたいなものを身にしみて実感した2日間でした。


迷惑かけてごめんなさい。

その節はありがとうございました。



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さて、リセットが来たので次を考えないといけません。


外勤の予定など考えると、4/15か4/17あたりが移植日になりそうです。


もし次もダメだったらどうするか、心の中では決めてるけどここでは書きません。


長々と病み病みな記録を書いてきましたが、今は元気なので大丈夫です。


執筆も再開できました。


明日も明後日も午前外勤が続きますが、がんばります。