働きさんがなくなりました | 小半(こなから)で生きる

小半(こなから)で生きる

晴耕雨読な日々と行きたいが、なかなかそうはさせまい。せめて小半で生きることなら許してもらえそうだ。

当社の元働きさんが亡くなった。

知ったのは、今朝の朝刊のおくやみ欄。

まだ37歳の若さだ。

乳がんと子宮がんを併発、その後元気になったが

抗がん剤治療は拒み続けていた。

そして、31日未明に帰らぬ人になってしまった。



彼女は、十数年前に入社した。

男以上に働くし、気がつくし、当社の要でもあった。

元請けや、協力会社のうけがすこぶる良く、安心して任せられる人でした。

辞めるにあたって、元気になったらまた働いてよという話もしたり

ニュースレターも送っていたりして、交流は続いていたが

最近、こちらから電話もせず、またこなくなっていた。

こんなに悪化しているとは思わなかった。

ショックである。

本日午後告別式が執り行われる。

最後のお別れに行ってきます。



今朝読んだ本の一節にこんなことが書かれていました

「あなたが死にたいと思って生きた今日は

昨日死んだ人があれほど生きたいと願った明日なんだ」

身近な人との別れがあると、特に身にしみる言葉です

私自身、死にたいなんて思いませんが、

それくらい今日という日は大事な日なのだと…

一日一日、大切に生きていこうと改めて思いさせられます。



Mさんのご冥福をお祈りします。

ありがとうございました。