震災の年に | 小半(こなから)で生きる

小半(こなから)で生きる

晴耕雨読な日々と行きたいが、なかなかそうはさせまい。せめて小半で生きることなら許してもらえそうだ。


神戸での震災から15年、その十五年は自分の会社の十五年。

その三日後、大阪へ研修のために行くことになっていた。

それが…

結局交通手段がなく、延期してもらった事が懐かしく思い返される。

昨晩も震災関連のドラマをやっていた。

神戸新聞社の7日間を描いていた。

新聞記者魂に泣けた。

カメラマンのこころの葛藤に泣けた。

あっけない人の死に泣けた。

空襲の爆撃にあったような凄まじい光景に驚いた。

あれから15年、街は復興した。それは見事だ。

最近ではハイチの震災があたらしい。五万人が亡くなったとも言われている。

地球からすると、そこに暮らす人間はほんの一粒の命、

自然には到底勝てない。

地震は必ず起こるもの。それをどう受け止めていくかだ

そして、神戸の人々のように未来へつなげるかだと思う。

毎年このニュースが流れる度に、15年前の初心に戻る感じがする。

御冥福を祈ります。