明日の就労継続支援A型の事業所の体験は、パソコンですけどPhotshopとHTMLをやると思いますけど、Photshopは、5年前に使ったほどですので、忘れていると思います。HTMLは、10年前以上なので、忘れていると思います。どうなるか、心配しています。

そして、緊張しています。就労継続支援A型の事業所の社長様は、大丈夫だと言ってくれましたが、できるか怖いです。

今は、仕事をして行くことと通信大学の勉強やその他の勉強、家のことをして行きますけど、今、考えているのが、昔に私が、何があったことを思い出す限り、書いてい行こうかなと思っています。辛いけど、どんなことをされきたか、助けてくれた人の事も書いていこうと思っています。

今週は、水曜日に就労継続支援A型の事業所に体験をします。そして、判断をします。雇用保険にいるの提出する離職票が、先週の金曜日に届きました、今週に行く予定です。なぜか、法律事務所から、届きました。体調は、精神的には、就労継続支援A型の事業所のスタッフの事が夢にも出てくるほど怖かったのです。他にも同級生には、幻滅しました、口だけの同級生でした。喫茶店でも話をしたかったのに同級生は、飲むことしか、頭になかったのです。何でも我慢をすればいいとしか、言わなかったのです。意見を言ってほしかったのです。我慢ばかりすれば、精神的にきつかったのです。

私は、少し残ってくれている人やフェイスブックの友達の皆さんのおかげで、何とか、生きていますが、今の時代には、私みたいな精神障害者ですし、やりたいことはありますが、今の人は、自分さえ良ければいい時代になっているので、これからの日本には期待をしていないのです。私も何のために生きているのかも分からなくなってきています。少し乗ってくれている人と話をしたり、フェイスブックの友達の皆さんの投稿を見ているだけになってきています。本当に人の為に仕事をしている人がいるのかなと思います。前に書いたとおりに人は去って行きましたし、私は、精神障害者ですので、医者は、精神障害者をまともに見てくれた先生は、今の内科の先生と母親が、リウマチの先生だけでした。

他の医療関係者は、精神障害者の話すと何もしてくれなかったです。母親が、3年前に心筋梗塞になったのに救命救急の医者は、誰も分からなかったのです。そして、母親の足のリウマチの先生に私が、怒られたのです。母親が、心筋梗塞になっていただと言われました。どこの病院かも聞かれましたので、同じ系列の病院だと言いました。それでも、先生の怒りが収まらずにそこの病院に連絡をしたらしいです。私のフェイスブックの医療関係者は、精神障害者の私でも友達になってくれましたが、ほとんどの医療関係者や普通の人は、嫌がられているのが、現実です。精神病院に入院しましたが、主治医の先生は、上から目線で、治療も何もしてくれなかってです。看護師長さんや看護師の人や臨床心理士、精神保健福祉士の人が、私を退院までさせてくれたのです。主治医の先生は、私が、精神障害者、知的障害者、発達障害者だと決めつけられました。今の精神科の先生が、激怒を始めてみました。私が、やりたいことも考えていますが、私は、母親が、亡くなったときには、覚悟を決めています。

私は、精神障害者ですことを公表しています。私は、マスコミやテレビなどインターネットのニュースを見て、嫌なことがあります。

すべての障害者で、いろいろな賞や名前が売れている人には、素晴らしいとか、頑張っているとか、いい事を書きますけど、犯罪をした障がい者には、酷評を書いたりしますし、普通に暮らしている障害者を見ると離れて行ったりします。私は、すべての障害者や有名な障害者も普通の人も同じ人間だと思います。人間は、人を区別するのかなと思っていますので、それから、虐めやハラスメントとが始まると思います。

私は、一人でもすべての人を同じ人間だと思うようにします。去って行った人たちも恨みも憎しみなくすようにしています。