こんにちは。
ふるさと恵下山まもり隊の増田です。
私は入隊して3ヶ月なのですが、昨日のまもり隊活動でははじめてお会いする隊員の方が二名おられました。
お一人は創立者の旦那さん。もうお一人は以前ブログで書いた、お一人で月に何度も来られて美化活動をされている方です。
たくさんのお話を聞きましたので、少しずつ更新していきたいと思います。
まず今日はまもり隊発足の話と現在の話を。会長の奥さんから聞きました。
奥さんは、まもり隊結成からの隊員だそうで、かれこれ20年以上活動されているそうです。
(高陽団地ができたのが昭和50年頃で、今から50年ほど前の事です。)
まもり隊は恵下山の美化、安全パトロールを目的として初代会長が発起人となり地域住民によって結成されました。
隊員数はとても多く、和気あいあいと活動を続けてこられたそうです。
団地造成の初期は恵下山の木は伐採され、はげ山となっていたそうです。
そもそも恵下山は、造成時に高陽高校の野球グラウンドとプールになる予定だった地ですが、弥生時代の遺跡が発掘されたことにより計画が変更され一部を公園として整備し遺跡を保存することになった歴史があります。
そんな山城のような風貌の恵下山を市民の憩いの場とするべく、まもり隊の隊員たちでドウダンツツジやツバキ、桜などを植え始めたそうです。残念ながら植えた全ての植物が残っているわけではありませんが、今でも所々にツツジやツバキが残っているそうです。ただ、立派に成長した桜の木々はそろそろ寿命がきているみたいです。
また整備の行き届いていなかった当初の恵下山では不審者騒動があったそうで山を美化し子ども達が事件に巻き込まれないようにという目的もあったそうです。
これが発足当初のお話です。
そして現在は隊員数の減少はあれど定期的に活動をし、無理なく怪我なくを一番に集まっているそうです。
まさに心即理の精神から始まった素晴らしい隊だと思いました。例えば、ふるさと恵下山まもり隊があと三世代(約100年)でも続けることができれば、歴代の隊員方の顔は分からずとも、地域への思いや未来への願いの形が恵下山そのものの姿を通して知ることができます。これは地域にとって代えがたい財産となるはずです。
私は地域住民ではなく外からやってきている人間です。やはりふるさと恵下山まもり隊の主体は地域住民であるべきだと思っています。
自分の役目はふるさと恵下山まもり隊の活動を記録し、ふるさと恵下山まもり隊と美しい恵下山を残し、次の世代に繋げていくことだと思います。