午前の話
会下遺跡の発掘作業が終わり、遺跡の見学会がありました。
会下の関係者だけの特別な見学会です。

権力者の建物跡がありました。目隠し塀がある建物。1200~1300年前。

大きな川が眠っていました。こんな大きな川が埋まってしまうことに驚き。
土砂から縄文~奈良・平安時代までの土器や木製品が出てきたそうです。
1000年前には埋まってしまった川。
焼け焦げた大木は山火事の後に流れてきたもの。
連続で建っている杭は近世に作られた田んぼに行く橋の跡。
そばには川が埋まって後の時代の粘土の採掘抗群がありました。
粘土をとると言うことは、近くには焼き物の窯があったのでは?という話。

会場を移して出土品の見学。
文字が書かれた土器が出ています。国か寺の機関の物。しかも高い所の所有物を示す。
会下の裏山に「寺奥」という場所がありますが、ここが会下の中心だった可能性が大。
「会下」という仏教用語、「寺奥」という地名、お寺の器、高い所を示す文字・・・
確証はありませんが繋げて考える方が自然でしょう。
そういえば寺奥にも遺跡らしきものが残っています。

いろいろなものが出てきました。
中でも黒曜石の矢じり。
この辺では隠岐の島でしかとれない物らしく、弥生時代に隠岐の島との交流があった証拠。

完全な形のスキが出土。とても珍しいそうです。
粘土と川の水のバランスが奇跡的にこれを保存していたそうです。
総合して考えるに、古代山陰道がこの近くを通っていたのは間違いなさそうです。
会下の歴史の深さを感じました。
残念なのは、もうこれを埋めて高速道路を作ること。
因みに、橋脚に設計変更するほどの価値はないそうです。
会下遺跡の発掘作業が終わり、遺跡の見学会がありました。
会下の関係者だけの特別な見学会です。

権力者の建物跡がありました。目隠し塀がある建物。1200~1300年前。

大きな川が眠っていました。こんな大きな川が埋まってしまうことに驚き。
土砂から縄文~奈良・平安時代までの土器や木製品が出てきたそうです。
1000年前には埋まってしまった川。
焼け焦げた大木は山火事の後に流れてきたもの。
連続で建っている杭は近世に作られた田んぼに行く橋の跡。
そばには川が埋まって後の時代の粘土の採掘抗群がありました。
粘土をとると言うことは、近くには焼き物の窯があったのでは?という話。

会場を移して出土品の見学。
文字が書かれた土器が出ています。国か寺の機関の物。しかも高い所の所有物を示す。
会下の裏山に「寺奥」という場所がありますが、ここが会下の中心だった可能性が大。
「会下」という仏教用語、「寺奥」という地名、お寺の器、高い所を示す文字・・・
確証はありませんが繋げて考える方が自然でしょう。
そういえば寺奥にも遺跡らしきものが残っています。

いろいろなものが出てきました。
中でも黒曜石の矢じり。
この辺では隠岐の島でしかとれない物らしく、弥生時代に隠岐の島との交流があった証拠。

完全な形のスキが出土。とても珍しいそうです。
粘土と川の水のバランスが奇跡的にこれを保存していたそうです。
総合して考えるに、古代山陰道がこの近くを通っていたのは間違いなさそうです。
会下の歴史の深さを感じました。
残念なのは、もうこれを埋めて高速道路を作ること。
因みに、橋脚に設計変更するほどの価値はないそうです。