読書感想:高い城の男 その1
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からの続き
フィリップ・K・ディックの高い城の男に登場する美術商のチルダンは、物語の最初と最後で大きな変化を遂げた人物だ。
最初の彼は、支配者である日本人の終始ご機嫌伺いで一喜一憂する哀れな白人に過ぎない。
それが物語の終盤では、育ち始めたアメリカの芸術家を庇護し、堂々と日本の高級官僚に意見を言うまでに自信を取り戻す。
彼の扱う美術工芸品は、風変わりなものだ。
上得意先の日本人収集家は、戦前の中古アメリカ工芸品を好む。
得意客の梶浦氏に言わせれば、「形式のないもの、それはただの無定形であるのに過ぎない。ただの棒きれと同じ。」「誰かが使ったモノには史実性がある。新しく創造されたものには史実性がない。」
現代アメリカ美術には全く興味がない。美しいとか、デザインが斬新だとか、世界に一つしかないとか、そんなのは重要じゃない。
既に形式の定まっており、誰か(有名人)とゆかりのある工芸品が欲しいのだ。
ここで問題が生じる。
その商品が本当に口上通り有名人と縁のあるものなのか実はわからず、現実には市場に贋作が大量に流通している。
つまり、形式化された贋作と、新しい、クリエィティブな本物との対比がなされている。
ユダヤ人の工芸家フランクは、優れた贋作技術者であり、斬新な芸術家でもある。
感情的で、職人気質。非常に人間的なキャラクターだ。
日本人を嫌っていながら、ユダヤ人ゆえにドイツ支配下に入ればガス室送りになるのを知っている。
ちなみに、ナチスは優生思想をさらに徹底させており、支配地域のユダヤ人の他にも、スラブ人、アフリカ人を大量虐殺しており、理想の純化に邁進している。
フランクが絶大な信用を置く「易経」で、復縁は無理だと告げられているのに、前妻にまだ未練がある。
そう「易経」は、この物語の影の支配者だ。
主だった登場人物は易経で卦をたて、その託宣に救いを求め、時に行動を変える。
日本の高級官僚、田上も易経に心の安定を求める一人。
キチガイじみたドイツの後継者争い。(ロンメルのような高潔な人物が排除され、大量虐殺を熱狂的に推進する狂信者ほど権力争いに勝利しやすい...)
重大な機密事項、タンポポ計画「ドイツによる日本本土水爆奇襲攻撃」の存在。
要人を護るために、自身の主義に反して、自らの手でドイツ秘密警察工作員を射殺せざるを得なかったこと等・・・。
生真面目な彼の精神はたびたび変調をきたしかける。
そのたびに、精神統一と、易経の託宣を解釈し、自分に言い聞かせることで、激動な日々を乗り越えている。
この田上という人物、最初の登場は好印象ではない。
読者層はアメリカ人であるから、敵役として描かれている。
しかし話を追うごとに、日本人らしい実直さがにじみでて、作者の愛情が感じられる人物だ。
最後に、フランクの元妻ジュリアナ。
一言で言えば、あばずれ。直情的で、空手のインストラクター。易経の崇拝者。
発禁本「イナゴ身重く横たわる」の熱烈な愛読者で、作者「高い城の男」に会いに行き、物語の核心に触れる人物である。
ようやく登場した「高い城の男」
彼は、まるで見てきたかのように、「連合国が勝利した世界」を描く。
この小説の中では、「連合国が勝利した世界」こそが「If」なのだ。
ここでも、真と偽の対立。虚構の中の虚構が描かれる。
「イナゴ身重く横たわる」を読んだ作中の人物は、アメリカが日本やドイツに勝つなんてありっこない絵空事だと言う。
例えアメリカが勝利しても幸福な世界なんて訪れないだろうとまで言う。
それでも彼の作品は強烈なリアリティを持ち、脅威を感じたナチス秘密警察は、彼を暗殺すべく特殊工作員が潜入させる。
ジュリアナはそれを看破し、工作員を消す。
高い城の男の登場、「イナゴ身重く横たわる」創作の秘密は、最後の数ページであかされ、あっさりしている。
この結末には、物足りなさを感じる人がいるかもしれない。
映画ブレードランナーの結末もあっさりしていたし、ディックらしい。
読後思ったこと。
タロット占いもいいけど、筮竹取り寄せて易経をやってみようかな。(笑)
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高い城の男 (ハヤカワ文庫 SF 568)
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