風のマーサ、小城越を行く① 日高町稲葉〜小城越 | 風のマーサ、街道を歩く(旅と古道と峠道のブログ)

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また、それらを
通して日本の美しい原風景を紹介出来たらなぁと
思っております。
是非、ご訪問ください。

こんばんは

風のマーサです😊


大峯奥駈道の山歩きを終えてから

2週間ちょっとが経ちました。

そろそろ、

新たな峠歩きに出かけようと思い

但馬方面の地図を眺めています(11月上旬)


国道地理院地図を見ると「小城越」と

書かれている部分が気になって

実際に歩けるのか、どうか。

そこは県道でありながら

未開通部分になっています。

(兵庫県道258号線、山田日高線)

(上写真、国土地理院地図より)

小城越は、

日高町稲葉(豊岡市)と村岡区小城(香美町)とを

繋いでいた、かつての峠道、生活道路です。

特に冬場は雪が積もり、かなりの難所だった

ようです。

今回は、そのルートを辿ってみたいと

思います。


さて昔の地図では

日高町側からルートがふた通りあるようで

①谷ルート

②尾根ルートです。

現在の点線県道ルートは

①の谷ルートになっています。

一方で、②の尾根ルートは現在の地図からは

消されています。

今回は②の尾根ルートを進みたいと

思います。


峠がある場所というのは

大体行きにくいところにあるのですが

今回もまた、かなり行きにくい部類に

なります。


まずは前日に福知山で宿泊してから

早朝に江原駅に向かいました。

日高町の中心地域だろう。

また駅前には、看板地図とともに

史跡などの紹介がされていました。

日高町地図の北西端に

小城越という表示がありました。

(それ以上の詳細はありませんが)

ここから、神鍋高原方面へと向かうバスに

乗って、稲葉(いなんば)という

バス停で下車しました(下写真)

日高町稲葉は、旧日高町の西北端に

位置していて、小城越の入り口の集落になります。


山陰本線が開通するまでは

日高町から香住町へと向かう

所要ルートは

この小城越を使った山越えルートでした。

今回の歩き旅では最終的には

香住駅まで歩く予定です。

(でないと帰れない)


稲葉バス停のすぐ側には

植村直己にまつわる記念碑などが

ありました。

説明看板によると

植村直己も小城越を通った?ように

思われます。


いよいよ出発です。

西側の山に向かって

颯爽と歩いていきます。

(上写真、稲葉地区を歩く)

すぐに、集落を過ぎて

田畑の景色の中を歩きます。


橋を渡ると、道が二つに

分かれます(下写真)

左が谷ルート、右が尾根ルートです(下写真)

国土地理院地図の点線ルートは谷ルートに

なりますが、今回は右の尾根ルートを

進みます。

細い未舗装の道が続いていました(下写真)


ほどなく

道がU字にターンしていく地点。

橋を渡ると、通行止めになります(下写真)

こちらはNTT専用道路のようです。

引き返します。

一方で橋を渡る手前で

左の山道に入るのが小城越のルートに

なります(下写真)


下図でいうと、オレンジ丸の辺りで

ここから矢印方向へと進みます。

(上写真、国道地理院地図を使用)


入ってからは

すぐに右側にジグザグの道が見えた(下写真)

こちらは1970年代には、すでにあった

林道だろうか。

その林道には向かわずに

左の方へ進み、沢を渡ります(下写真)


このあたりまで、何となくの踏み跡が

あります。

何となく辿っていくと、やがて

はっきりとした古道がジグザグに尾根を

登っていくのが、確認出来ます。


倒木などは、結構あります。


この先、尾根がなだらかになってくると

道跡が薄くなり、また消えている部分も

出てきます。

それでも、何とか

道をロストしないように歩きました。

再び、明確に道がジグザグに登っていく

ところがあって、そこを進みます(下写真)

それにしても、尾根が穏やかになると

道が消えていく傾向に続きます。

コツとしては、地面の固そうな所を

歩くこと。

我慢比べをしていると

やがて、明確なジグザグ道が

現れるだろう(下写真)


しっかりとした縁取りの道が見られました(下写真)

紅葉の時期とも重なり、また気候的にも

ちょうど良い清々しさでした。

つまり山歩きとしては楽しいです。

切り立った道も歩きます。

実に気持ち良いです(下写真)

尾根は全体的に広々としていて

緩やかな印象です。

それゆえに、どこへでも

歩いていけるというか。

それはそれで厄介です。

何度も書いていますが

やはり傾斜が緩やかになると

道は忽然と消えてしまう(下写真)

別の見方をすれば

全てが道に見えて、

全てが道に見えなくなる。

方向だけは見定めて、

集中力を高め歩きます。

本当にどこへでも歩いていけそうで、

複数のルートがあったのだろうかと

思わせます。


それでも、最終的には

はっきりとした道を

見つけてジグザグに登っていきます(下写真)


すると稜線に出てきました(下写真)

国土地理院地図でいう、独標719地点の

少し北側の稜線上です(下写真)

ここからは、稜線上を北へ歩き

ピーク799m地点を目指します。

(上写真、国土地理院地図を使用)


厳密には、稜線やや左側を巻いていくように

道跡がついていました。

その後、799mのピークに向かって

一気に登っていきます(下写真)

この区間は、結構しんどいです。



そしてピーク799m地点へと

登ってきました(下写真)

そこには山と書かれる石柱が埋まっていました(下写真)

ここで単純にピークを越していくと

肝心の、お地蔵さんを見逃してしまいます。

この地点よりも、少し左側に

お地蔵さんがおられました(下写真)


こけしのような風貌で

刻まれた文字はよく読めない。

旅人の安全祈願のような意味合いが

書かれているのだろうか。


古道は、この前を通るはずなので

実際の小城越は少しピークは外して

進んでいったのだろう。

にしても道跡が、ほとんどありません。


ここで、旅人達が休憩したり

したのだろうか。

下に国土地理院を利用した写真を載せています。

ピーク799m地点から、さらに

稜線を黄色破線に交わるところまで

進みます。

(上写真、国土地理院地図を利用)

道そのものは、はっきりと

しませんが、稜線を進みます。

基本的には下り基調。

ただし登りもあります。


やがて国土地理院地図における

黄色破線と交わるところ、

つまり、谷道ルートとの合流地点へと

降りてきました(下写真)


いわゆる鞍部地形になっていて

左下からは谷道か合流しています。

峠地形ですが、ここには道標とか

お地蔵さんが置かれているわけではなく

単に山と書かれる石柱か埋まっていました(下写真)

ここで、日高町からの

谷ルートと尾根ルートが合流して、その後は

共通のルートを辿り小城地区へと向かいます。 

あらためて、稲葉(日高町)への谷ルートを

のぞいてみると、細くて頼りなげな雰囲気の

道が続いていました(ルートは未確認)

一方で、小城へ向かう道は、広くてはっきりと

していました。

いずれも山腹を巻いているようです。


さて、その小城へは

概ね黄色破線(点線県道)をなぞるように

進んでいきます。

つまり831m峰の東側鞍部(小城越の峠)から

同じく831m峰の北側山腹を回り込むように

して進んでいきます。


小城方面へと進みます(下写真)

道は広くてしっかりとしています。

また日高町側は明るい雑木林だったのが

こちらは鬱蒼とした杉の植林地帯に変わります。


(上写真、鞍部地点を振り返る)

小城側は馬車でも通りそうな道筋で、

荒れてはいるものの、道は至って明確です。

続く。

(2023年11月上旬)