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いとこのM美ちゃんは元気になり、

実家を出て都内に住むことになった。


M美ちゃんも派遣に登録して働くことにしたようだ。

M美ちゃんは、IKさんへ何でも相談していた。

私は事後報告になることがほとんどだった。

3人で話しても

なんとなく私だけハブられている感を

感じることが増えてきた。



A社でのビジネスを伝える人を探すため

IKさんはM美ちゃんと私にテニススクールに入ることを勧めた。

そして私たちは

IKさんが通っているテニススクールに

通うことになった。


そしてそこで仲良くなった人と

IKさんが住んでいる近くのテニスコートを借りて

IKさんとテニスをしてそのあとご飯に行って

親睦を深めA社の紹介をする

そんな作戦だった。


M美ちゃんはコミュ障の私と違って

すぐに人と仲良くなれる子だった。

M美ちゃんはいろんな子をテニスに誘ってきた。


私は人と仲良くなるのが遅いので

なかなかテニスに誘えるようにならなかった。


M美ちゃんはお父さんに似て

誰とでも話を合わせることができて仲良くなるタイプ。


一方私の両親は

母はほぼ引きこもりで人と関わらない、

父は仕事人間で殿様、

そんなコミュ障両親に似てコミュ障😓


そんなコミュ章の自分をこれでもか、

これでもかと見せつけられ辛くなってきた。


IKさんのテニスに私が誰かを誘えてないけど、

スクールの他にテニスをしていたので、

テニスは上達していった。


スクールでサーブの練習をしていた時に、

サブのコーチが百発百中でサーブを決めていた私を見てビビっていたり、

スクールの中でも部活並みに走らせたりガッツリ指導してくださるコーチのクラスに振替で入った時は、中高生に混じって中学時代に戻ったかのようにレッスンを受けて、コーチのワンポイントアドバイスでさらに精度が増したサーブを打てるようになった時はコーチも嬉しかったようで

「またおいで」と言って下さった。



ん?

そういえば、メイクのM先生(書き忘れたけど男性)も教え方スポ根だわ😅

ド昭和、スポ根な私なんだなぁ



本日もおつきあいくださり、

ありがとうございました😊


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