今回初めて、1つの舞台を3回も観る、という経験をした。
2回までは、ただ推し様を目に焼き付けたいという理由で観たことはあるのだけど、今回元々取ってあった2回の他に、どうしてももっと観たくて、当日券で一回追加した。
それほどに、舞台そのものに魅了された。
「ビビを見た!」
凄いものを観てしまった。
3回観終えた私の感想を、
つらつらと書いていきます。
本当に、演劇観劇素人の、
拙い感想ですので、自分用に。
(しかしもし読んでくださる方いたら、
ネタバレありありで書きますので、
観終えてから読まれてください……)
しかも、自分のスケジュールの都合上で、
たまたま3回ともアフタートークのある回を観ることが出来たので、その辺の話も絡めながらになりますので、話があちらこちらにいくかもです。。
では以下、
ネタバレ込みの感想を。
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まず初回。
開演前のインフォメーションが流れはじめ、だんだんと暗闇になっていく客席。
後に知る、これが「ど暗転」(前回の記事参照)
真っ暗な中、客席を埋めている人達の気配も薄くなる。
恐らくみんなこの慣れない暗闇に、
身を固くしていたのかもしれない。
目の前に、すぐ隣に、人がいるはずなのに、まったく見えない事実。
それを実感し、恐怖すら感じ始めた時に、
「あ~~~」
舞台から声がした。
ホタルだった。
その声はとても優しくて穏やかだった。
ホタルはこの、見えない真っ暗な世界に住んでいる。私達が迷い込んだその世界に、穏やかに過ごしている。
そうか、怖いことなんてないんだな。
そして耳を澄ますと、様々な生活音が聞こえてくる。
そんな時間に慣れ始めた頃に、あの声がする。
「おまえののぞみをかなえてやろう」
そうしてホタルの目が開くと同時に、
私たちの目も開いた……
まず、
想像以上に近い舞台にびっくりした。
視覚に頼って生きている自分の聴覚の当てにならなさに愕然とした。
ホタル(天音くん)が近い!!近すぎるっ!!
声だけ聴いてたら、
もっと遠くにいると思っていたのに、
目を開いたときに飛び込んできた大きさ。
これは精神的に良くない近さだった……
初回、
一旦ここで私の思考回路は
舞台をお休みしてしまいました。
そりゃ、いつもテレビとかで観ている大好きな人が、ちょっと手を伸ばせば触れそうな位のところにいたら、意味わかんないですよね??
見えるんですよ、肌の質感まで。
居るんですよ、
声が発せられる度に、
空気が揺らぐのも分かるくらいのところに。
あー。
私の顔の筋肉を全部動かなくさせたい。
この表情筋全部を麻痺させたい。
気にはされないだろうと思いながらも、
こんなにやけそうな(ニヤけてる)顔を舞台上の方に見せる訳にはいかない。
そう思って、
ずっとタオルで顔隠してました。
ホタルが鏡で自分を見る時、
鏡越しに天音くんの顔が見えるわけですよ。
え、
てことは逆に、
こっちも見えてるのでは??この面が?視界に入ってしまうのでは???
と思ったら、
お顔をずっと見ていたい気持ちもありながら、
逆に見られたらと思う恐怖で、
ちょっと身体をずらしましたね……
天音くんのお顔が見えないように……(不本意!)
(この時点でもう、私の心の臓は2個くらい潰れてました。はよ。予備の心臓カモン。)
でも、お芝居として、
もっとちゃんと集中したい!よく観たい!
と思ってたので、
頭の中で、(早く慣れて!天音くんがここにいるのは普通のことだから!ちゃんと!観て!)と叫び、頬を平手打ちし続けました。(※イメージです)
まあ、最後まで慣れはしなかったですけど。
それでも開始後30分くらいしたら、少しずつお話中心に観られるようなって……きたかな?
そしてお芝居の中に戻ります。
目が見えるようになったホタルとは逆に、
赤の目隠しで目が見えなくなった人達が出てきます。
その、見えなくなった人々のリアルさ。
お母さんは、なんだか飄々としていて、
自分が見えなくなったことに気付いていないのか、いないふりをしていたのか。
ホタルを心配させまいと、気丈に振舞っていたのか。
パニックにもならず、どこか自分のことと捉えていないような様子。
お父さんへメモを書く時に初めて手が震え、実感が湧いてくるというのは、とてもリアルでした。
また、警官や群衆など、どこか滑稽に見えるという、逆の恐怖。
私が初めて観た回(2日目)の時、群衆がパニックになる所は、客席から笑いが起きていました。
私も初めてみた時、その滑稽さに笑ってしまいました。
でも、実際そこは惨劇です。それを笑ってしまうことの怖さ。
2回目(5日目)の時は、そこであまり笑いが起きなかった。これはもしかしたら、私のように、何回目かに観る人が多かったのかもしれない。ここで笑ってはいけないのではないか、という理性が働いたのかと。
でも、大海先生や松井さんのお話の中でも感じた、それこそ、人間の心の裏表みたいなものがそこに表れているのであって、そこで笑ってしまう恐ろしさほど、この舞台で感じなければいけないことなのではないかと、それを体感する為にも、わざと滑稽に見えるようにされているのだとも思いました。だから、あそこで笑いが起きることは、この舞台の世界の中では、正解だったのではないかと思うのです。
そんな、ジリジリと迫る恐怖から逃れようと手探りで動き回る人達の時間の流れはリアルで、そこを舞台上の負荷を乗り越えながら進んでいく辛抱強さに、演者さん達のストレスの半端なさを感じながら、(松井さん、あんたほんとに変態だよ。凄いことするな。)と、誰目線か分からない心の声がダダ漏れてました。
だって、時間軸をほぼほぼすっ飛ばすことも無く、ずーっとそれが続いていくんですよ?
やばいですよね?松井さん、かなりのドSですよね?
アフタートークで天音くんが、「(舞台中)ずっと壁に頭を打ち付けている感じ」と言っていたのはほんとうに納得です。
そして、本当に最初から最後まで、極限の集中が必要とされることのストレスは計り知れず、俳優岡山天音のすごさを、ひしひしと感じずにはいられませんでした。
1回目見た時はそこまで気付けませんでしたが、何回か見ていくうちに、電車の中のシーンで特に感じたのは、ホタルがとても音に敏感だってことでした。
普段、視覚に頼って生きている私たちは、たとえ少しの物音がしたり、人が急に声を出したりすることに、そこまで敏感に反応しないと思います。
でも、ホタルは今までずっと、視覚を持たずに生きてきた。だから見えるようになっても、その癖が抜けるわけではなく、赤い帽子の女が急に大声を出したり、ビビと男の子が喧嘩をしたり、どこかで物音がする度に身体をビクッと震わせ、その方向を探す。そんなふうにずっと何かに集中し、一時もボーッとすることができないその姿が、見ていてなんとも苦しいというか、それでも愛おしく、どうにかこの子を安心させてあげられないか、ただただ胸が痛かった。
ホタルはお母さんを安心させるために、ずっと隣で手を握ってるあげていました。
お母さんもその手を優しくさすり、お互いがお互いの温かさを確かめあっていた。
ほかの親子もしかりずっと身を寄せあっていて。
しかしその中で異質だったのは、赤い帽子の親子でした。この状況なのに、特に怖がる様子もなく、飄々としている2人。
後にこの2人の事実は明らかになりますが、この舞台の中で、「親子」というのはすごく象徴として表れていて、松井さんもお話されていましたが、ホタル親子だったり、赤い帽子の親子だったり、ワカオとビビだったり。
三者三様の親子の在り方が、観ている観客自身が自分はそのどこに身を置くのか考えることで、物語の中にはいりこみやすくなっているのかな、とも思いました。
その中でも赤い帽子の親子は、また目が見えなくなったホタルの前にも現れ、母親との再開をホタルの目の前に突きつけます。
ここもある意味、ホタルを取り巻くリアルの象徴のように思いました。
また、ビビの立ち振る舞いの美しさというのも、この舞台の素晴らしい所でした。
衣装トークでも話が出ていましたが、ビビの衣装の色(その他の演者さんの色)も含め、本当に秀逸です。
あの緑があの緑だったから、ビビの存在は、ホタルの目にあそこまで美しく残ったのだと思います。
どぎつ過ぎず、かといって、印象には鮮やかに残る緑。日本の緑では出せなかったかもしれない、外国から持ち込んだ布だったからこそできた風合い、舞台の色彩だったのかもしれません。
濱田明日香さんの造る衣装、
ほんとに素晴らしかったです。
そしてもちろん、ビビを演じる石橋さんの、美しさを兼ね備えた力強さ。凄い。と思いました。
話が行ったりきたりになりますが、
ワカオの登場場面からの舞台演出は本当に変態的に凄かった。
初日座った席からでは、ワカオのお声を舞台上でされている事に全く気付いていませんでした。
なので余計なのかもしれませんが、ワカオが登場し、列車を、人を踏み潰し、ビビやホタルを追う恐怖、人々のが息絶えていく惨状、荒れ狂う海にもまれる2人、など、余計に自分までその中に身を置く恐怖で、涙かポロポロと出て来てしまいました。
初回、なんであんなに泣いてしまったんだろう。と、
何回か観て思ったのは、初めてみた時はただ怖いのもそうですが、せっかく7時間目が開いていたホタルが、どうしてこんな世界を見なければならなかったんだろう、「今日じゃなければ良かったのに……」という、お母さんと同じ気持ち。
そして、もうすぐまた見えなくなってしまうという悲壮感、怖さ、絶望、見ることがなければ、知らずに済んだ喜びもあったのでは、そんな事がのしかかってきた故の涙だったかな、と。
しかし、2回目、3回目と観た時、その時の心持ちはどんどん変わっていきました。
ホタルはお母さんに「目が開いたのが今日でよかった」と言います。
これは、先生や松井さんも仰っていたように、人間の中にある2面性、善悪だったり、綺麗な部分、汚い部分、だったり、それをホタルがこの7時間で全部受け止め、世界の中で1番の美しさの象徴である「ビビ」を自分だけが見ることができた喜びを感じることができた幸福感、満足感が、最後の暗闇の中の「ビビを見たんだ」という声に全て込められていて、その声を、暗闇で聴く自分自身の耳から、体の毛穴から、全てを感じ取ることができた充足感があり、初回ほどの悲愴な涙は出ませんでした。
ただ、ホタルが希望を見い出せて本当によかった……と思い、つーっといく筋かの涙は零れました。
そんなふうに、見る度に自分の気持ちがこんなに動くものなんだ、と知ることが出来たのも、今回の観劇経験の大きな収穫でした。
今回、天音くんきっかけでこの舞台に出会えたわけですが、私の中で「ビビを見た!」との出会いは、本当に大きな出来事だったと思います。
本当にこうして観ることができた全ての環境に感謝ですし、これから生きていく上での、何か1つのヒントにはなったと思います。
この作品が、
1人でも多くの誰かの心を揺さぶることを願ってやみません。
千秋楽前に感想を上げてしまいましたが、もし、あと何日か、まだ観ていない方が観られる機会があるのであれば、ぜひとも飛び込んで、体感していただきたいです。
そして最後にもう一度言いますが、
今回遠くて観に来られなかった多くの方々のためにも、今後の地方公演、再演(追加上演)など、本当に検討していただきたいです。
どうか、どうかよろしくお願いします。
最後に、
この素敵な作品を作ってくださった、
すべてのキャスト、スタッフ、そして大海赫先生に、感謝します。
「ビビを見た!」に出会えてよかった。