ふと
昔を思い出した
自分の中で
”昔”になってるっ
てことに
なんか感慨深くもある
じーさまの通院に
2匹をベビーカーに乗せ
じーさまを車椅子に乗せ
大学病院を
脂汗かきながら掛け釣り回った頃のこと
旦那は助けてくれないの?
とよく言われた
頼めば休みをとってくれるだろう
だけど
通院は頻繁なので
そうそう気安く休んでくれと頼めるものでもない
だが!!
頼らなかった1番の理由は私の中にある
こいつに頼んだところで
こいつは全く私の大変さを理解することなんかない!
私の旦那への1番の願いは
手を貸して欲しいということじゃなくて
”育児をしながらじーさまのお世話をする大変さ
を知ってもらいたい”
だったから
手を借りれば
私の大変さなんてわかってもらえることはない
他の人なら想像して理解できるのかもしれないが
うちの旦那様は違う
旦那ちゃんが一緒にじーさまの通院介助をしても
傍で子守りをしている私の存在の有難味など
気付きもしない
通院介助なんてぜんぜんヘッチャラ
ってなる
気付かないのだ
子守してくれている誰かがいるから
通院介助がスムーズだということに
気付きもしない
気付こうともしない
理解出来ない人に
私は一切
文句も言わないし
泣き言も言わないし
頼りもしない
これは
前夫から学んだ事だ
文句言ったり泣き付いたり頼ったところで
こんな事で騒ぎ立ててるのか
となるのが落ちだから
そうなったら
報われずもっと辛い気持ちになる
だから
簡潔に言うと
最初から相手を見限ってるのだ
これって
実は淋しいことよね
だけど
嫌いになるのは避けなきゃ!って思うので
私はこの方法で大抵をやり過ごす
嫌いにならないかわりに
一生忘れないけどね
ある日偶然にも
車椅子介助をしながら
1歳児2歳児(我が子)の子守りを1人でする機会が
旦那ちゃんに訪れた事がある(仕事)
案の定
旦那ちゃんは
「これぐらい出来る簡単
」
と言った
正直
クソがっっっっ
!!!
じーさまの通院介助もそう思ってたんだろ
って思ったわ
結果
その日はうなだれて帰宅した
車椅子のご老人のサポートも子守りも出来なくて
終始
忙しい他の社員の手を煩わせることになったと
ざまーーーみろ
!!!!!!
体感してうなだれる人を
慰めるような私ではない
今頃わかったのね?
私はずっとそうやって来た
どんなに大変かあなたは気付こうとした?
そう言ったら
やっと
私と同じ体験を
自分が今日初めてしたのだということに
気付いたようだった
その経験をしてからの翌年は
旦那ちゃんが1人でじーさまの通院介助を
してくれるようになった
それまでは
旦那ちゃんがわざわざ休みを取ってくれても
常に
私+2匹も一緒に通院介助だったのだ
馬鹿なんだろうね
あぁ
あの日からもう6年
今はじーさまが入院してくれて
毎日が常に穏やか
あの日々があったから
幸せ度が増すのだろうね
でも
若い頃の苦労は買ってでもしろ
という先人の言葉は
受け入れ難い
しなくていい苦労なら
しなくていいと思う