こんにちは
最初から見ることをお勧めします。

気付いたら小学五年生になっていた。なぜかだが小学五年生でなんの記憶もない。極端に算数ができて国語ができない少年だった。そういえば理科が四年から始まっていた。理科は普通+ぐらいだ。そのまま小学六年生に笑

六年生だ!そろそろ受験意識せんとという考えはすこしずつ芽生えてきていた。六年生もクラスは真ん中

志望校特訓というのが始まり、志望校別に分かれた。親の勧めもあり甲陽学院のコースに入りたかった。しかし、偏差値が足りない...希望は出せるが、通るかわからない。通ったとしても冬までに志望校変更をするよう圧力がかかると思っていた。とにかく先生にお願いしに行こうと思い、小学三年の時から国語を教えてもらってた先生(本当に優しくたまに厳しく良い先生で会う機会はないが、未だに尊敬している。)に泣きながらお願いしに行ったのはいまだに覚えている。お願いします僕を甲陽学院のコースに入れてくださいと頼んだ。おれがなんとかすると言われた。そのおかげか、甲陽学院のコースに入ることができた。

僕はそのこともありなんとしても受からないとダメだと思った。コースは2つに分かれていて、下のクラスだった。しかし下のクラスのトップ層だったのだ。過去問を意識した問題を志望校別特訓では扱ってくれるのだが、国語に関してはさっぱりわからない、算数もできると言っても上位クラスの平均ぐらい、理科は下のクラスの上位だった。

とにかく宿題の量が半端なく、宿題だけはやろうと、死ぬ気で宿題だけはきちんとやっていった。

時は経ち、夏に甲陽学院プレテストという模試があった。結果はもちろんE判定。泣き虫僕は泣いた。僕は諦めようかとしていた。すると、返却された日、甲陽クラスの先生にちょっときなさいと呼び出された。諦めようとしているのを察したのだ。君は確かにE判定だけど、まだわからない。しかも君は最後の一秒まで諦めないという努力がすごい。秋まで頑張ろう。秋まで頑張っても無理そうだったら、志望校を下げよう。僕は今日から君のことを個別に課題を追加で出していくと言われた。

追加されたのは
算数は特になし。
国語は毎日新聞の天声人語みたいなコラムを読み、切って、ノートに貼って提出するというものだ。僕のためにやってくれたのだ
理科は特になし、しかしテストの復習は何回もやれと言われた。

言われたことをしていたらいいと思い、死ぬ気でこれらをやりとげた。

時間は経ち、秋になった。国語はできないままだった、、、、、なぜだろうか、、、、、算数は上位クラスの平均を維持、理科は上位クラスの平均まで成績が上がった

そして上位クラスに上がった。
あの時の嬉しさはいまだに忘れていない。
ちなみにここではずっと志望校別の話をしているが普通のクラスもある。志望校別特訓は二週間に一回のみ。普通のクラスも上位クラス(一番上のクラス)
に上がった
そしてこのまま頑張り続けようと決意し、甲陽学院を受験すると決めた。

いろんな校舎から志望校別特訓に集まっているのだが、私の校舎から甲陽学院特訓に来た人らは皆諦めていった。

必死に先生の言われたまま頑張っていた。
秋と冬の間の志望校別特訓の時に理科の宿題を家に忘れたことがある。もちろん怒られる。怒られるどころではない。ひっぱたたかれた。お前はここにいる資格はないと怒られた。本当に忘れただけなのだが、やってない扱いをされて悔しかった。しかしこのことからさらにやる気が上がってきた

長く書きすぎました。また今度にします
ここまでご覧いただきありがとうございます。