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エフォートアカデミー塾長日記

静岡県三島市の学習塾「エフォートアカデミー」のブログです。
塾での出来事やお知らせを、私塾長の鈴木がお知らせいたします。
エフォートアカデミーのホームページは、
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です。よろしくお願いいたします!

母の病気の影響から、先々週から次男が塾での指導に参加するようになりました。

 

次男も長男と同じく「教育学部」なのですが、小中高の教員を目指す長男の課程とは異なり、次男は「教育心理学」の専攻です。将来的には心理士の資格を目指し、学校のカウンセラーや発達障害・学習障害の子供たちのお世話をすることが目標のようです。

 

次男は「一応は」中学受験経験者であり(笑)、また現在の専攻内容もあって、当塾で請け負っているやや指導が難しい塾生を預けることになりました。もっとも、次男に「預けっぱなし」にするのではなく、常に私の監視下にて授業を進めています。

 

学習上、少し問題がある子については、その指導は文字通り「一筋縄ではいかない」ものです。私自身もどのような手法を用いるべきなのか、開塾以来、一貫して模索している最中なのです。少しだけ勉強したからといって、簡単に「上手くやれるようになる」訳がありません。「現実」を目の当たりにして、次男自身も大いに悩み、困惑しているようです。

 

まだ次男には少し荷が重かったかな?と感じていたのですが、後日妻よりこっそりと帰りの車の中の出来事を教えてもらいました。ここのところ、金曜日は母のそろばん教室の勤務が終了する時に妻に迎えに来てもらっていたのですが、先週はその際に次男も一緒に帰っていたのです。

 

「次男が「ばあば」に、「今担当している子の指導がなかなか大変だ!だけど大学で勉強している知識を生かして、いろいろ試してみたいと思っている。塾で教えるのって、難しい!」って必死に説明していたよ。何だか面白かった(笑)。」

 

当然のことながら、次男は「ばあば」が認知症であることは知っています。それでも長年教員を務めた「ばあば」の助言が欲しかったのかもしれません。それに対して、「ばあば」は、

 

「〇〇(次男ではなくて、母の甥っ子の名前)、たくさんしゃべって口が乾いたでしょ?水でも飲みなさい。」

 

と、一見「トンチンカン」な返事をしたそうです(笑)。でも、このトンチンカンな返答は、今の母の状況からすれば、あながちトンチンカンとも言えない返答だと感じました。

 

実は母の甥っ子、つまり私の従兄(従兄とはいっても、私よりひと回りも年上の方ですが)は長年高校の教師を勤め上げた方でした。私自身、高校受験の関係で、仕事上でも何度もお会いしていますが、とにかく「真面目・誠実」を絵に描いたような方でした。要は私とは正反対の性格(笑)、一方で次男についても、母曰く「バカ真面目」と評されたほどで(笑)、その真面目さと、子供への指導を熱心に語る姿に、母はきっと孫と甥っ子の姿をだぶらせたんだと思います。ボケていたって、人間の性根を判別する能力は衰えていないのかもしれません。

 

今回止むを得ない事情で急遽次男を指導の場に立たせることになりましたが、結果としてよい方向に向かっていること、そしてできる限り母を「指導の場」に連れてきたいと、改めて感じた週末の朝なのでした。

 

頑張りましょう!

 

 

本日は金曜日、そろばん教室がある日です。

 

曜日や時間の感覚が乏しくなってしまった母も、なぜかそろばん教室の日だけは覚えています(笑)。私が何度も確認した出勤時間の30分前には、既に準備万端なのです(笑)。

 

母の状況については、何ひとつ包み隠すことなく、お手紙にて全塾生の保護者様に伝えました。その上で、「体調が良い時はは出勤させる」と言っているのですから、少なからずハレーションが起きるだろうと、ある程度は覚悟していました。

 

ですが、私の予想に反して、保護者様をはじめ、塾生たちも極めて寛容に対応してくれています。小学生の子供たちだって、きっと親から「事情」は聞いているはずなのに、それでも母に対して優しく対応してくれているのです。

S先生はご自身が義両親を長年介護されていた経験があり、常に母の傍で様子を見てくれています。今月末にはケアマネージャーが来訪してくれるとのことで、幸運にも多くの方々の厚意によって、母は何とか生きています。

 

とはいえ、今日も、

 

「スマホがない!」

 

と大騒ぎしていましたが、私が睨んだ通り、母のスマホは母のベッドで無事見つかったそうです(笑)。いつも出勤するときにはスマホなど持ってきていなかったにもかかわらず、なぜか「気になって仕方がない」時があるようです。孫の名前を甥の名前と勘違いもしていたようで、ケアマネージャーさん曰く、

 

「決して治らない病気ですから。」

 

という言葉通り、少しずつ進行していくという事実を、日々実感しているところでもあるのです。

 

今後、どのような形で病気が進行していくのかはわかりませんが、ちょっと図々しくても、周囲の皆さんのご厚意には最大限甘えさせて頂こうと考えております。混濁した意識の中で、それでも、

 

「そろばん教室だけは!」

 

という強い思いが母の頭の中から消えないうちは、何とかしてその思いを叶え続けてあげようと思っています。泣いても笑っても、同じ「人生」であるなら、たとえ「やせ我慢」であったとしても、笑って過ごした方が幸せなのではないかと、今は考えているのです。

 

少しずつ物事が「できなくなってきている」母を、何とか支えていきたいと、改めて感じた週末の夜なのでした。

 

頑張りましょう!

本日は水曜日、そろばん教室がある日です。

 

今日は私自身も授業があり、そろばん教室終了後、すぐに母を自宅に送り届けることができないため、母には勤務をお休みしてもらうつもりでした。

ところが、普段は曜日感覚が乏しくなってしまったはずの母が、なぜか朝から活動的なのです(笑)。朝8時前から何度も私のところにやって来ては、本日の予定を何度も確認します。同じことを何度も繰り返されるとさすがにこちらの方が「心が折れて」しまうのですが(笑)、それだけ母にとっては「貴重な機会」ということなのでしょう。

 

ただ、このブログにも書かせて頂いた通り、連休前の水曜日に「勝手に帰ってしまった」事件もあり、どう対処すべきか今も考えているところです。1時間だけ待っていてもらえれば私が連れて帰れるのですが、今の母にはその1時間が待てないのです。妻に連絡が取りたくても、現在は仕事中ですぐには連絡が取れません。現在進行形で「どうしようか?」と思案中なのです(笑)。

 

母のお世話については、既に公的機関にも相談し、我が家で揃えるべきものについても概ね手配が済んでいます。こうしている間も、そろばん教室の様子は監視カメラで常にモニターしていて、何か異変があればすぐに駆け付けられるようにはしています。

 

一方で、母の足の具合がよくなってくるにつれ、予想外の行動が多くなってきています。本人はまだ「車を運転して買い物に行く」つもりでいますし(車の鍵は既に没収済みですが)、自宅に隣接していて、私が常駐する沼津教室には「同じ用件で」一日に何度も訪れます。「徘徊」とまではいきませんが、頭以外が健康であればあちこち動き回ることができるので、家族としては逆に心配の種が増えてしまうことになるのです。認知症の老人のお世話については、まさにこの点が問題で、「ここからが大変なのだ!」と言えるのかもしれません。少なくとも私自身が、現在身をもって実感しているところです。

 

「もうS先生には来てもらわなくて大丈夫だよ。何だか気を遣っちゃう。」

 

こんな暢気なことを宣う母ですが(笑)、「生き甲斐」でもあるそろばん指導はできる限り続けさせてあげたいと考える一方で、母自身の「安全」をいかに確保するか、私を含めた家族全員が今一度考えなければいけないと強く感じた水曜日の午後なのでした。

 

とりあえずは、今日のそろばん授業をきちんと終えて、母を無事に帰宅させなければ!(笑)。

 

頑張りましょう!

母の認知症について、土曜日の診察の際、医師から包括支援センターへ出向くことを勧められ、本日午前に相談に伺いました。

 

幸いにして地域の包括支援センターは徒歩圏内にありました。病院は数歩以内、包括支援センターも徒歩圏内と、環境的には非常に恵まれています。小さな建物の中に、たった一人で忙しそうに働いているご婦人が対応してくれました。

 

とにかく何もかもが初めての経験で、ひたすら教えを乞うほかなかったのですが、実に丁寧に対応して頂きました。とりあえずは近々に役所から「問診票」が届くので、それに記載後、すぐに主治医に提出すること、その後医療機関と包括支援センターが調整して、ケアマネージャーとともに自宅に現状を「判定」しにみえるそうです。すべての手続きが完了するまでに1か月半ほどかかるとのことでした。

上掲の写真のようなパンフレットを頂き、「勉強」しておくように伝えられました。少しだけ厄介な気分ではありますが(笑)、また新たに「未知の世界」を知ることができる機会を得たことは、ある意味では幸運なのかもしれない、とも感じます。私のみならず、家族でしっかり勉強し、認識を共有しておきたいと思います。

 

たまたまこの時期に、私の通勤用の車が車検を迎え、新たにボロい中古車でも購入しようかと考えていたのですが、どうせ購入するなら車椅子のまま載せられる車か、あるいは足が不自由な方のために座席が外までせり出す車、いわゆる「福祉車両」を購入しようかと思っています。福祉車両であれば、母がそろばん教室に出勤する際、母自身も、私たちもずっと楽で、安全になるのではないかと思います。これについても近々に見に行きたいと考えています。

 

母の病気というネガティブな現実によって、細々と動いていかなければならないことになりましたが、この「忙しなさ」さえも、要は「捉え方」ひとつだと思うのです。せっかくだから、「知らなかったこと」を知り、「新たな発見」を楽しむつもりで事に当たっていこうと考えているところです。

 

思わぬ出来事でさえ、私自身の「気持ちひとつ」でいかようにも捉えることができるのだと、改めて感じた月曜日の午前中なのでした。

 

頑張りましょう!

まだまだ落ち着かない日々が続きますが、少しずつ「通常運転」の記事も書いていこうと思います。

 

母の一件以降、私が母の送迎をしたりする関係で、私や他の講師の負担が少しだけ増えています。曜日によってはどうしても講師の頭数が不足気味になるケースも散見されます。

 

英語のネイティブスピーカーであるS先生は、かつて某大手金融機関に勤務された経験があり、「そろばん」についても有段者です。母の体調が悪くなる以前から、行く行くはそろばんの指導にも携わって頂きたいと考えてはいたのですが、結果的に想定よりも早めに参画していただくこととなりました。

 

さらに言えば、中学受験を目指す塾生向けに、一応は?(笑)中学受験を経験した次男を講師に加えたいと考えていました。晴れて大学生となり、きっと「理想の大学生活」を夢見ていたこととは思いますが(笑)、「ばあば」がこのような事態になってしまい、次男なりに「腹をくくって」くれたようです。先週末より授業に参画してくれるようになりました。

 

次男の勤務初日は、経験の浅い講師にとってはややハードルが高い指導内容でした。自らの中学受験時の経験を活かせる子もいれば、「セオリーが全く通用しない」子もいました。彼は兄と同じ「教育学部」に進学し、「教育心理学」について学ぶことを望み、将来は「公認心理士」となることを目指しているようです。そんな次男にとっては、「現実を知る」よい機会になったのではないかと思います。

 

「思ったように授業ができなかった・・・」

 

初回の授業を終えて、大いにヘコんでいた次男でしたが、私とS先生の「評価」は少々異なっていました。

確かにまだまだ研鑽を積まなければならない部分は多いですが、持ち前の「コミュ力」を活かし、塾生との意思疎通は十分に機能しているように見えました。当塾では各授業において、詳細な「授業日誌」をつけているのですが、それも実に丁寧に記載されていました。S先生曰く、

 

「お兄ちゃんには悪いけど、弟さんの方が向いているかも・・・」

 

折しも昨日教員採用試験を終えたばかりの長男を引き合いに出して、次男の「仕事ぶり」を褒めて下さいました。私自身の印象も、S先生が感じたこととほぼ同様なのでした。

 

我々は「学習塾」ですから、いかに効果的に勉強を教えていくのか、ということは当然の如く求められています。一方で「個別指導塾」の役割は、それだけにとどまらないのです。学力不振の原因は何なのか?ご家庭や学校での生活は大丈夫か?交友関係に問題はないのか?等々、各塾生の生活の機微に触れ、何かを「感じ取る」ことも重要であると、私は考えているのです。そのためには塾生各人との円滑なコミュニケーションは必須であり、その点において、次男の初回の授業は十分に「合格点」をあげられるものではないか、と考えた次第です。これは決して「親バカ」だけで言っている訳ではありませんので、悪しからず(笑)。

 

明日からもバタバタとした日々が続くことは「確定」ですが(笑)、倅とともに「もうひと踏ん張り!」することを誓った日曜日の夜なのでした。

 

頑張りましょう!

昨日アップした記事の「画像」の中の文面は、誤字脱字ばかりでした。連休中は私自身にとっても突然のことであまりにも混乱しており、保護者様に配布する文章であるにもかかわらず、十分な推敲ができていませんでした。特に「時候の挨拶」については、企業向けの挨拶文をそのまま載せてしまっており、ただただお恥ずかしい限りです。

 

本日は朝から雨でしたが、幸いにして母の病院は自宅から「30歩ほど」の超至近距離にあります。

大学がお休みだった次男が、病院まで母の車椅子を押してくれました。ちなみに長男は本日が「教員採用試験」です。バタバタしていて、親らしいことは何もしてやれませんでしたが、合格お守りだけは近所の神社で頂いてきており、昨夜渡しておきました。大変な時期に試験を迎えることになってしまいましたが、結果を恐れずに精一杯頑張ってほしいと思います。

 

昨日は「いつも通り」そろばんの授業に参加してもらいましたが、S先生曰く、

 

「そろばんについては、実に「まとも」なことを仰っています。」

 

とのこと。お迎えに見えた保護者様方にも実に暖かいお言葉を頂戴いたしました。そういえば、40年近く前に父が亡くなった時も、母は小学校勤務を一日も休むことがありませんでした。きっと根っからの「教員」なのでしょうね。

 

とはいえ、私が付き添った診察の際には、やっぱり「トンチンカン」なことを言っている母なのでした(笑)。来週も役所などへ相談に出向かなければならず、しばらくは私にとっても忙しい日々が続きそうです。

 

母の病気は「治る」ものではありませんが、願わくはできるだけ長く「孫が車椅子を押す姿」を見続けたいと、私も、そして母自身も望んでいるのではないかと、ふと感じた土曜日の午後なのでした。

 

頑張りましょう!

生きていれば、思いもかけない出来事に遭遇するものです。

 

今がまさに当塾の「分岐点」なのかもしれません。

 

既に多くの方から温かいお言葉を頂戴いたしました。誠にありがとうございます。そんなお言葉を胸に、引き続き微力を尽くす所存です。

 

昨日の授業終了間際に、ちょっとした「事件」がありました。

 

昨日は母がそろばん教室の授業を担当していたのですが、いつまでたっても授業が終わる気配がないのです。それどころか、とある小学生が泣きながら何かを訴えているのです。

 

低学年の子であれば、時折我儘を言ったりすることがあり、それ自体は決して珍しいケースではないのですが、問題は母の方にありました。

実は母は昨日から体調が良くなかったようで、そのことをなぜか私にはひた隠しにしていたようです。いざ出勤時になっても体調は回復せず、かといって授業間際になって代講を立てる訳にもいかず(私自身も授業がありました)、その点だけは母も理解していて、何とか教室まで連れてきたのでした。

 

いつもの母なら多少の子供の我儘は「抑え込んでしまう」のですが、昨日の母はそんな気力さえなかったようです。少し前に足の痛みが出て以来、私が授業の合間に自宅まで送り届けていたのですが、当然昨日もその旨を何度も伝え、私が指導中の教室まで来て少し待っているように伝えていたのです。

 

ようやくそろばんの授業が終了した後、約束通り母は私の教室まで来て、大人しく待っていたのですが、15分ほどたって確認したところ、どこにも母の姿が見えません。さっきまでそこで待っていたことは一緒に授業をしていたS先生も確認済みで、しばらくの間、教室周辺を探し回る「騒ぎ」となってしまったのです。

 

とりあえず私が教室を離れる訳にもいかず、2時間ほど待機していたのですが、21時を回った頃にようやく妹から連絡があり、無事帰宅したとのことでした。

 

「一緒に帰る約束なんかしていない!」

 

自宅で母は妹にこのように言い張っているとのことでしたが、ならばなぜ「待ち合わせ場所」には来ていたのでしょうか?なぜたった15分が待てなかったのでしょうか?当然のことながら「理屈に合わない」のです。

 

人間が「衰える」というのは、何も肉体的なことばかりを言うのではなく、自らの言動や行動が理性的かつ合理的であるのか、常に疑問を持ちながら自問自答する精神を保てるかどうかということに尽きるのではないかと思うのです。もしかして、私が「忘れてしまった」のだろうか?という疑問さえ持てなくなった母は、確実に「衰えてしまった」のだと痛感した出来事でした。

 

とりあえずは何事もなくほっとひと安心でしたが、今回の件については妹や妻も少なからずショックだったようで、普段からこのような傾向があることを知っていた私が、きちんと現状を訴えていなかったことにも大きな責任があったと反省しているところです。高齢化が進む昨今においては、誰にとっても「いつかは通る道」であることは確かですが、母の「今の姿」を見て、自分自身の20年後、30年後(それまで生きていられたら、の話ではありますが)をどう生きるべきか、嫌でも考えさせられてしまった出来事でした。

 

どうすればいいんでしょうね~。

 

頑張りましょう!

私は食事や洗濯、掃除等の身の回りの諸々については、自分自身でやるようにしています。

 

私がほとんど沼津教室で生活していることや、妻の仕事の関係もあって、自分自身で「やらざるを得ない」状況なのですが(笑)、それでも出勤前などは母のところに食事を取りに行かないと、母がへそを曲げてしまいます。なかなか難しい状況の中で生活を強いられている私なのです(笑)。

 

夕食については母の体調の問題もあって、いつも母や妻とともにとる訳にはいかず、私自身で準備することも多いのですが、昨夜はちょうどそんな日でした。

先日「ニトリ」でこんなものを購入しました。

 

基本的にはタッパーにこれでもか!というくらい野菜を詰め、ほんの少しの豚肉(もしくは鶏肉)を入れてレンジでチンするのが私の食事なのですが、いつもそれではあまりにも味気ないものになってしまいます。食材は同じでも、もう少し工夫できないか(私の能力でできる範囲で)考えた末、「鉄板焼き」を思いついた次第です(笑)。

 

「お一人様用」としてはピッタリの大きさのホットプレートで、価格も2000円弱とは、まさに「ニトリ、恐るべし」なのです(笑)。

いつものように野菜はキャベツともやし、少々の豚肉を焼いて頂いたのですが、私には大変美味しく感じられました。特に、日々の食事では口にすることが極端に少ない「おこげ」を味わえたのが、非常に嬉しかったのです。

 

このような粗末な食事を見て、馬鹿にされる方もいらっしゃるかもしれませんが、この先の人生において一定程度の節制を継続しなければならない私にとっては、このような食事であっても実に貴重なものだと感じられるのです。これからもいろいろと工夫して、「孤独のグルメ」を楽しんでいこうと、心に決めた私なのでした。「ないものねだり」をせずに、「今あるものでいかに楽しむか」を考えることは、案外楽しいものだということを再認識した次第です。

 

ただ一点、教室の机の上にホットプレートを置いたのは大きな間違いでした(笑)。そんなに「油跳ね」がしていたようには感じられなかったのですが、実のところ細かい油が机中に飛んでいて、掃除が大変でした。匂いの問題もあり、「場所だけは考えなければ・・・」と少しだけ反省した私なのでした(笑)。

 

昨夜からなぜか次男に連絡がつかないことが頻発していました。

通常は「LINE」にて要件を連絡するのですが、あまりにも反応が鈍すぎるのです。なぜこんなにもレスポンスが悪いのか、直接本人に問い質したところ、

 

「なぜか「通知」が来ないんだよ!」

 

とのこと。LINEのみならず、インスタグラムやXの通知も全く来ないようになってしまっていて、非常に困っているとのことでした。

一方で、通知は来ないけれど、自らアプリを立ち上げてメッセージを見に行けば、ちゃんと届いているそうで、何だか始末が悪いのです(笑)。

土曜日は私も忙しく、対応ができなかったのですが、本日午前中に対処を試みることにしました。いろいろと調べてみたのですが、アップル自体が「現状において、対策なし」などと実に暢気なことを宣わっているそうで(笑)、OSのバージョンアップや再起動などでは改善しないとのことでした。

 

文字通り「最終手段」として、バックアップを確実に取った上で、アプリの削除・再インストールを試してみることにしました。これでダメなら「お手上げ」です(笑)。その結果・・・

何とかLINEは復活しました。これで従前どおり次男に連絡を取ることができます。私としてもほっとひと安心、インスタグラムやXにおいても同様の対処で復活するものと思います。よかった、よかった(笑)。

 

今月はマイナンバーと運転免許の更新が相次ぎました。マイナンバーカードについてはスマホに格納することが可能なようで、マイナ免許証については、マイナンバーカードをスマホの専用アプリを通すことによって可視化されるとのことでした。つまりは身分証明や個人情報などの最も厳重に管理すべき情報が、そのほとんどをスマホに依存しているということになります。

今回のようにシステム上のトラブルがあったり、物理的にスマホが壊れて使用不可能になってしまった場合、まさに「何もできない状態」に陥ってしまうのではないかと、今回の一件を通じて改めて空恐ろしく感じてしまいました。IT機器に疎いお年寄りや、「スマホしか」触らない若者たちが、果たして今回のようなトラブルに適切に対応できるでしょうか?

 

極めて便利である「文明の利器」に依存するのはある意味仕方がないことなのかもしれませんが、ひとたびそれらが「使えなくなってしまった」ら、とたんに社会全体が麻痺してしまうようでは大変困ってしまいます。きちんとした「トラブルへの準備」ができていないまま、いたずらに「便利さ」を盲信してしまう現状に、

 

「これで本当に大丈夫なのか?」

 

と感じざるを得ない私なのでした。

 

 

頑張りましょう!