昨日は三男(元・長男)の大学の卒業式だったらしいのですが、そんなことは全く知らず、私としては「通常運転」でした(笑)。今さら卒業式に親が出てほしいという年齢でもないと思われるので(笑)、それはそれで構わないのですが、とにかく無事卒業できたのはよかったと思います。
そういえば、今から三十数年前(笑)、私の大学の卒業式に、なぜか母が遠路はるばる出席していたことをふっと思い出していました。私が特にお願いしたわけでもなく、かといって強く拒絶する理由もなく(笑)、「あ~いるんだ~」くらいの感覚だったのですが、母なりの「出席しなければいけない理由」があったのかもしれないと、今になって感じています。
大学1年生の春に、父が末期がんであることが判明しました。病院からこっそりと電話があって、
「お話があるので来院してください。」
と伝えられた時には、いくら鈍い私でも、おおよそのことは察しておりました(笑)。母はただただおろおろするだけだったのですが、父に病状を悟られないように、当初の予定通り大学入学後に「一人暮らし」を始めた私なのでした。
しかしながら、父の病状の悪化は予想よりもずっと早く、医師からは、
「来春まで持たないかもしれません。」
との「最後通告」を受けてしまいました。この期に及んで母から、
「自宅から新幹線を使って通学してほしい。」
と懇願され、私の「一人暮らし」は僅か半年ほどで終了してしまったのでした(笑)。
その後母は「自分が納得するまで、最期まで面倒を見たい」と、小学校教諭の休職手続きを進めていたのですが、その前に、実にあっさりと、父は逝ってしまったのでした。
その2年後、大学4年生の時には自宅で祖母が死亡しているのを私が発見、その時も母はおろおろするだけで、全くの「役立たず」でした(笑)。つまりは私が大学に在学していた間に、2人の家族を亡くしてしまった訳です。
そんな中での私の「卒業式」、な~んにもいいことなんてなかった「我が子の大学生活」でしたが、それでも、
「何とか倅を大学卒業させてやったぞ!」
という母なりの意地もあったのかもしれません。その姿を目に焼き付けようと、わざわざ出てきたのかもしれませんが、今となっては本当のところはわかりません。
私にとっての「節目」であった「卒業式」が、実は母にとってもひとつの「節目」だったのかもしれないと、ふと感じた次第です。奇跡が起きて、母が覚醒するようなことがあれば、その時は、
「実のところ、どうだったの?」
と聞いてみたいと思った、月曜日の夜なのでした(笑)。
頑張りましょう!

