長年塾を続けていると、「家庭環境」という面で決して恵まれているとは言えない子も数多く在籍してくれています。中にはご家庭の経済状況がお世辞にも裕福だとは言えない中で、必死に塾代を工面して通わせてくれていた保護者様もいて、同じ親として頭が下がる思いと同時に、深く深く感謝している次第です。
「少なくとも、自分が大人になるまでは、親は「居て当たり前」なもの」
だと勘違いしている中高生が多いのですが、遅かれ早かれ「人間はいつか死ぬ」ということをしっかり自覚すべきなのです。また、親だって「人間」なのですから、ご両親が「お別れ」する可能性だってゼロではないのです。要はいつ何時家庭環境が劇的に変化するかなどということは「誰にもわからない」ということです。幸いにしてご両親が揃っている子は、今置かれている環境に常に感謝し、不幸にして「親がいない」子は、今のうちに少しでも「知恵」を身に着けて、自らの幸せのために努力を重ねるべきなのです。いつまでも「親」が面倒を見てくれるなどと考えてはいけないのです。
私自身、大学生の頃に突然父を亡くし、その経験をもとに塾生たちには上述のような内容を事あるごとに話しています。「親しかった人間」を失うことは実に悲しいことではあるのですが、だからこそ「わかる」こともありました。
大学生の子供を二人残して旅立つことになった父に対して、まさに父の今際の際で、
「子供たちの学費のことは気にするな!俺が全部面倒見るから心配しないでくれ!」
と声を掛けてくれたのは今は亡き「叔父」でした。本当に「困った時」に手を差し伸べようとしてくれる人こそ、「大切な人」だということを、父の死をもって改めて痛感しました。普段から耳ざわりのよいことばかり言ってくれる人が、本当に「自分にとって良い人」だとは限らないのです。父の死後、このようなことを何度も経験できたのは、私にとっては得難い経験となったのです。
多くの方々の善意と、私自身の壮大な「試行錯誤」を経て(笑)、何とかここまで生きてきました。ついには「子供に還った」母の面倒までみるハメになってしまいましたが(笑)、それでも何とか生きています。「親はなくとも子は育つ」のです。
こんな私の拙い「経験則」から導き出された「結論」は、本当に必要なのは子供にとっての「親離れ」ではなく、親にとっての「子離れ」ではないかと、私は考えているのです。「いつまでも「親」がいる訳ではない」ということは、裏を返せば「いつまでも「我が子」の面倒を見れる訳ではない」ということなのです。いつかは自立し、「人の親」となることを我が子に期待するのであれば、我が子への過度な干渉は、時として「毒にしかならない」という事実を、親たる者はしっかりと自覚すべきだと、大いなる自省の念を込めて強く感じているところです。
親として、我が子に「してあげられる」こととは何でしょう?我が子可愛さに、何でもかんでも「してあげる」ことが「無償の愛」だとは、私にはどうしても思えないのです。
頑張りましょう!

