テストにおいて「わからない問題」が出題されると、その問題が気になって仕方がなく、他の問題に時間や労力を十分にかけることができなくなって、結果としてテスト全体が「うまくいかなかった」という経験をされた方がいるのではないかと思います。
「難しい問題」に強いこだわりを持ち、果敢にチャレンジすること自体は大変素晴らしいことですし、それこそが「学習の本質」だと言えるのかもしれません。一方で、「同じ問題」を「同じ時間内」で解き、「点数を競う」テストにおいて、特定の問題への過度な「こだわり」は、まさに「百害あって一利なし」だという事実を、決して忘れてはならないのです。
学習理解度が「ほぼ同じ」でありながら、テストにおいては驚くほど「差がついてしまう」原因は、まさにこの点にあるのです。ひとつの「難問」に対して、その「難易度」と「解答を導くまでの所要時間」を考慮し、他の「十分に解答可能な問題」を解くための「ゆとり」をいかに確保するのか、瞬時に比較検討して、最も効率的に問題を解いていくことこそが、テストにおいて高得点を得るための重要の要素であることは疑いの余地がないのです。
受験は「戦略」であることを決して忘れてはなりません。
「その問題が解けなければ、合格できないの?」
あえて「難問」を捨ててまでも、「できる問題」の確実性を上げることを優先する方針こそが、入試などの重要なテストにおいて「結果」を求める際には必須であることは言うまでもないのです。
テストにおいての「価値観」は100%「得点の結果」であり、その得点は「難問」であっても「易しい問題」であっても同じであるのは言うまでもないことです。「木を見て森を見ず」という言葉がありますが、各論ばかりに終始して、全体の評価を見誤り、独りよがりな対応に終始していると、思わぬ「落とし穴」に嵌る結果になりかねないのです。同じような「理解力」でありながら、テストにおいて思うような結果が得られない子は、きっとこのような極めて非効率な対応を常態的に行っているものと思います。このような実に「もったいない」状況は、すぐにでも改善しなければなりませんし、そのためには塾などの第三者的な視点から、客観的に指導・改善していくことが「効率的」なのではないかと、私は考えているのです。
子を持つ保護者様としては、我が子が「対処不能」な問題に出くわすたびに、言い知れぬ不安に陥ることがあるでしょうし、そのお気持ちは痛いほど理解できます。一方で、テストにおいて「求められていること」とは何なのか、今一度冷静になって考えてみる必要があるのかもしれません。
妙な「こだわり」が、子供の真の「実力」を阻害していることもあるのです。
頑張りましょう!

