いつもは元気よく通塾してくるA君が、今日はなぜだか元気がありません。教室に入るなり、何やらぶつぶつと呟きながら、教室内をうろうろしているのです。
彼は少しだけ学習に問題を抱えている子ですが、いつも明るく、絵を描くのがとても上手な子なのです。そんな彼がすっかり落ち込んでしまっている状況は、とても尋常なこととは思えないのです。
よくよく話を聞いてみると、「冬休みの宿題」が提示される時期であり、順次子供たちに配布されているようなのですが、どうやらA君を含む数人だけが、なぜか配られなかったそうなのです。A君曰く、
「君たちは自由にやりなさい。」
と言われたそうで、「他の子と同じ扱いを受けられなかった」A君は、大層落ち込んでしまったようなのでした。
確かにA君は学力的には少なからず問題があります。特段の配慮が必要な場合も少なくないでしょう。しかしながら、他の子には配布した「宿題」を、A君を含む「ごく一部の子」だけに、大した説明もなく配布しないという行為は、どう考えても「釈然としない」のです。A君が大いに落ち込んでしまうのも無理からぬことだと思います。
「特段の配慮」のもとにこのような行為をされたのであれば、保護者に対する十分な説明が不可欠でしょう。勿論、強い疎外感を禁じ得なかったA君たちに対しても、それこそ「特段の配慮」が必要なのではないかと強く感じます。上述のような十分なケアがなされていないまま、一教師の独断によってこのような「つまはじき行為」が行われているのであれば、これはもはや「いじめ」に近いものだと断じられても仕方がないのでは、と考えてしまうのは、果たして私だけでしょうか?
「少しだけ個性が強い子」を指導する大変さは、私自身も痛感しているところです。時には厳しい指導が必要なケースもあるでしょう。一方で、あたかも差別的な対応だと捉えられかねない対応は、子供の心を「無駄に」傷つける行為に他ならず、私自身、これまでそのような子を何人も目にしてきました。子供にとって、5年後、10年後に「先生と過ごした日々」がそのまま「思い返したくもない黒歴史」となるようなことがないように、最大限の配慮を求めたいと強く願います。
「どうせできっこないから、あえて配布しなかった」ことにいったい何の意味があるのか、子供の心にどのような影響があると考えているのか、「先生と呼ばれる人」にぜひ伺ってみたいと強く感じた金曜日の夜なのでした。
全く釈然としねーな(怒)。
頑張りましょう!

