ここ最近強く感じるのは、まともなコミュニケーションをとることができない親子が非常に多くなってきたことです。この件については、このブログでも何度か書かせて頂きました。そしてこのような状況がコミュニケーションの問題のみならず、勉強面にも暗い影を落としているという現実をしっかりと認識しなければいけないと思うのです。
教える側の指摘に対して、まともな返答ができず、極力「単語」だけで返答しようとし、相手に理解されなければ勝手にイライラする、自らが理解されないのは、理解できない相手が悪いという他責思考を貫いています。面倒な「途中経過」を省くことが大好きで、物事のプロセスに全く関心がないばかりか、全て「無駄」だと断じてしまう姿勢は、もはや単に「勉強ができない」という問題にとどまらず、ある種の「病」ではないかと思うほどなのです。
講師が解説している最中でも、
「わかった、わかった!」
と大声を上げ、ろくに解説も聞かずに身勝手な解法を駆使して「不正解」を繰り返し、その責任は、
「きちんと解説しなかった先生のせい!」
だと親子揃って他者を糾弾する・・・こんなにわかには信じ難い人たちが実際にいたのです(笑)。
勉強であってもスポーツであっても、万人に共通な「合理的メソッド」などあるはずもなく、それぞれにそれぞれの学び方があって然るべきです。講師がよかれと思って指導した手法が自分には「合わない」ことだってあるでしょう。ただし、それは「やってみなければわからない」はずです。まずは「やってみること」、その上でどうしても自分には合わないと感じたり、より理解が進むと思われる手法があれば、その時点で方針転換すればよいのです。現状において十分な学習時間さえも確保できず、成績も低迷している子が、他人のアドバイスに全く耳を貸さずに、自らの身勝手な判断のみで「学習もどき」を進めているからこそ、現在の「低迷」を自ら呼び込んでいることに気づくべきなのです。
先生や大人のアドバイスを「聞くことができない」という現状は、学生として、受験生として、重要な要素が決定的に欠落していると判断するほかないのです。このような好ましからざる姿勢が「天賦」のものなのか、あるいは「躾」の問題なのかはわかりませんが、年齢を重ねるにつれ、「治り難くなる」ことだけは確かです。先生や講師の話を「遮った」経験がある人は、よ~く考えてみてください。その「意識」がある間しか、「治せる」機会はないと、私は考えているのです。
そんな「聞くことができない」皆さんに、私の「心の声」をお伝えいたします(笑)。
頑張りましょう!(笑)

