いよいよ年末となり、この1年の「反省」をしている私なのですが(笑)、今年も克服できなかった「悪癖」があるのです。
職業柄、ボールペンを多用するのですが、使用後、あちこちに「置きっ放し」にしてしまう癖がどうしても治らないのです。しかも悪いことに、どこに「置きっ放し」にしたのかわからない(笑)。塾生に、
「俺のボールペン、知らない?」
と無理筋の質問をし、一緒に探し回ることも一度や二度ではないのです(笑)。
当塾はマンツーマン個別指導塾ですので、授業ごとに詳細な「授業記録簿」をつけています。その際に、
「あれ?ボールペンがない!」
と気づくのですが、結局のところ見つからないことの方が多いのです。ボールペンにも使いやすい(=高価)ものや、やや使い難い(=安価)ものがあるのですが、少しだけ良いボールペンを使いたくても、とにかく「所在不明」になってしまうので、専ら写真のような「100円ショップのボールペン」を多用せざるを得ない状況となっています。
このような現状は、年齢のせいで私が「ボケはじめた」訳では決してなく(笑)、開塾以来一貫して維持してきた私の「悪癖」なのです(笑)。そしてついに今年も克服することができなかった、「残酷な現実」でもあるのです(笑)。
人間の脳ミソには「キャパ」があり、無意識のうちに「不要!」だと判断されたものは、やはり無意識のうちにデリートされていくようです。指導においては必須の「ボールペン」を、私自身が無意識のうちに「不要物」との判断をしているのか?その真相は私にもわかりません。
かの著名な物理学者であるアインシュタインは、洗濯用の石鹸と洗顔用の石鹸の区別を「複雑すぎる」と嘆いていたそうです。極めて難解な「相対性理論」なるものを確立された物理学者が、洗濯石鹸と洗顔石鹸の区別が「複雑すぎる」と感じるのは、「石鹸の区別など不要」という考えがあったからなのだと思います。世界的な物理学者と、私自身の実にお粗末な「悪癖」を比べることはあまりにも恐れ多いことなのですが(笑)、「価値観」をどこに置くのかということは、まさに「人それぞれ」だということなのかもしれません。ちなみに私も、「石鹸」なんて、どれも大して変わらないという思想の持ち主です。石鹸業者の皆様、大変申し訳ございません(笑)。
そんな訳で、今年もボールペンの所在に右往左往した1年でしたが、おそらくは来年も同じことを繰り返すのだろうな~、と、年の瀬を迎えて早くも「諦めムード」が漂う私なのでした(笑)。
頑張りましょう!


