「妻の決意」と「不育症」と「15歳」。 | エフォートアカデミー塾長日記

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本日、次男が15歳の誕生日を迎えました。

どこかで食事でも、と思っていたのですが、あいにく次男は「オープンスクール」のため土曜日にもかかわらず登校だったため、ショートケーキでささやかなお祝いです。

 

母(次男にとっては祖母)は朝から次男に誕生祝いの「お小遣い」をあげたくてソワソワしっ放し(笑)。勉強の方はからっきしですが(笑)、私に似ることなく、誰からも愛されるキャラクターとして成長してくれているようです(笑)。

 

次男も15歳になったのか~という感慨とは別に、今のこの状況が20年前には全く想像できなかったということが、少し不思議な感覚として私の胸に残っています。

 

妻と結婚して2年間、なぜか子宝に恵まれることなく過ごしてきました。「タイミング」というものもあるはずなので、当初はさして気にすることもなかったのですが、決して早い結婚ではなかったので、できるだけ早く我が子を設けたいといううっすらとした願望はありました。

結婚3年目、ようやく妻が妊娠し、一族郎党で大喜びしたのも束の間、僅か7週目にして流産となってしまいました。これが苦難の始まりでした。

 

翌年、2度目の妊娠をしましたが、これも9週で流産。泣きながら処置室から出てくる妻を見て、「我が子のいない人生」を覚悟しました。このままでは私はともかく、妻の心と体が壊れてしまうと考えたからです。結局、妻は3度の流産を経験しました。「不育症」という病気だそうですが、これだけ医療が発展している現在においても、いまだ確たる治療法が存在しない難病のようです。「命を授かる」という行為がいかに大変なことなのか、この時私たち夫婦は嫌というほど思い知らされたのです。

 

それでも、妻は私の想像を超えて「強い」人でした(笑)。

長男を身籠った際は、その妊娠期間のほとんどを病院のベッドで過ごしました。毎日お尻に何本も注射を打たれ、お尻はカチカチに固まってしまっていました。私は私で眩暈がするくらいの血液を採取され、その血液中の白血球を妻に輸血するという治療を続けました。保険がきかない治療でしたので、その治療費も半端な金額ではありませんでした。

そんな「普通ではない」日々を乗り越えた暁に、彼らはこの世に生を受けたのです。あの頃は「子供がいる普通の生活」など、私たちには想像もできない世界だったのです。

 

かなり勉強は苦手な次男ですが(笑)、大きな病気もなく、元気に成長しています。未熟児寸前だった子が、人並みに成長していることだけでも幸せなことだと考えなければいけないのでしょう。

 

私の母はまもなく八十歳を迎えますが、

 

「孫たちがどんな職業に就くのか、どんなお嫁さんをもらうのか、確認するまで必ず生きる!」

 

と宣言しています(笑)。あまり長く生きられてるのも困りものですが(笑)、一度は諦めた「孫」の存在が、どうにも愛おしく感じてしまう気持ちは十分理解できます。最近は「アレをコレして!」などと指示語ばかり使って、私や子供たちに「何言ってるのかわからない!」と叱られてばかりの妻ですが、「我が子を設ける」という揺るぎない決意をもって今の家族を築いたのは、私ではなく紛れもなく妻のおかげなのです。

 

15歳、おめでとう。「命を授かった奇跡」と「妻の決意」に改めて感謝します。

 

 

頑張りましょう!